第671話
「……何本、矢を持ってるんだよ?」
「ツカレタ」
矢を弾きながら、襲撃者の気配を探るが相手は実力者のようで気配を探る事はできない。
突如として放たれる矢を弾き返してはいるが、どこから狙われるかわからない状況でジークとゼイの精神的な疲労はたまる一方であり、額に汗が伝っている。
「ジーク、ツギ、セメル」
「そうしたいけど、それをやった瞬間に、後ろの人が殺されるからな」
「ヤ、イッポン、シナナイ」
すでにゼイは守り一辺倒の状況に我慢ができなくなったようで声を上げるが、ジークはため息を吐き彼女を引き止めた。
ゼイは矢の1本くらいなら、急所に当たらなければ致命傷は与えられないと思っているようで話を聞く気はないようで前のめりになっている。
「……そうでもない。前にゴブリンは毒に強いって言ってたけど、人族はそうでもないからな。絶対に矢じりに何か塗ってるから、ゴブリンだって毒に耐性があるってだけで、身体に入れば不味いものだってあるんだからな」
「ダケド」
「それに狙うなら、ゼイより、俺がやる……その方が効率的だ」
ジークはゼイの油断が命取りになる可能性が否定できないため、毒の話をしてゼイに冷静になるように言う。
ゼイは不満を口に漏らすとジークはゼイより、自分の方が攻めに転じるのは有効だと思っているようで視線を鋭くして1点を睨み付けた。
それは襲撃者の居場所に気が付いたとも取れる。
「……ワカッタ」
「それじゃあ、次の攻撃でこっちから仕掛けさせて貰うかな? ゼイ、フォローよろしく」
ゼイはジークの様子に少しだけ怯んでしまったようで小さく頷く。
ジークはゼイが納得してくれた事に満足したのか、視線を鋭くしたまま頷くと冷気の魔導銃の出力を上げる。
その瞬間、ジーク達に向けられて矢が放たれた。
ジークはその瞬間を待っていたのか、魔導銃の引鉄を引く。
出力の上げられた冷気の弾丸は周囲を凍らせながら矢の間をすり抜ける。
矢は凍り付いた事で勢いをなくして地面に落下して行く。
「ジーク、サイショカラ、ヤレ」
「仕方ないだろ。矢の出所から、相手の動きを探ってたんだから、それに最近、妙に威力も上がってるから、冷気の魔力がなくなる前の最後だったら困るし、それにまだ終わってないからな」
森を凍らせる魔導銃の威力にゼイは不満げに言う。
ジークは魔導銃の問題だとため息を吐くと視線を鋭くして、凍らせた場所とは異なる場所に魔導銃を向ける。
「できれば、降参してくれると助かるんだけど」
「……ヘンジ、ナイ。ジーク、バカカ?」
ジークはすでに襲撃者達の気配を識別したと言いたいのか降伏勧告をする。
しかし、返事などあるわけもなく、ゼイはジークの事をバカだと思ったようでため息を吐いた。
「俺は平和主義なの。それにカインとまではいかないけど、いやらしい攻撃の仕方を知ってるんだ」
「……コッチ、ツク。アンゼン」
ジークは何か考え付いているようで口元を緩ませる。
その笑みはカインと重なる物が有り、ゼイは恐怖を感じたようで捕縛した相手に仲間になるように言う。
「聞く気はないか?」
「……バカダナ」
降伏勧告など聞き入れる気はないようでジーク達に向かい、再度、矢が放たれる。
その度に冷気の魔導銃の弾丸は矢を凍らせて地面に落とし、周囲は凍り付いて行く。
ゼイはジークの笑顔を見た瞬間に襲撃者達の負けを確信したようでため息を吐いた。
「……サムイ」
「少し我慢してくれ……落ちたな」
森の中が凍り付いて行く度に周囲の温度は下がって行く。
吐く息は白くなっており、ゼイは身体を震わせ始め、ジークはすぐに終わると言いたいのか我慢するように言う。
その時、何かが地面に落下する大きな音が続けて2回、聞こえた。
「……マヌケダ」
「もう1度、言うぞ。冷気の威力はまだ上げられる。こんなところで凍死したくないだろ?」
「小僧、何があった?」
ゼイは自分なら木の上から落ちるような事はないと思ったようで襲撃者達をバカにするようため息を吐く。
ジークは改めて降伏勧告をした時、すぐ近くまでラース達が来ていたようで彼の声が響いた。
「……タイミング良いのか? 悪いのか? おっさん、その辺りに木から落ちたヤツがいるはずだから、捕まえてくれ。それで、あんたはどうする?」
『……わかった。降参だ』
ラースの声にジークは小さくため息を吐くとラースに聞こえるように言った後、返事があるのを確認する。
ラースの部隊が到着した事で捕縛された人間は負けを確信したようでジークの降伏勧告に頷いた。
「小僧、何があった?」
「見ての通り、襲撃されたから応戦してた。レギアス様は集落にいる」
「……レギアスは大丈夫なのか?」
ラースは兵士達に指示を出したようで捕まえた2人の軽装の男を連れて、ジークとゼイに合流する。
ジークの顔を見てすぐにラースは状況の説明を求め、ジークは簡単に説明をするとラースの顔には深いしわが寄った。
「大丈夫。大丈夫。戦う気なんてないみたいだからな。ノエルとフィーナも集落にいる」
「レギアス、キライジャナイ」
「……ゴブリン族?」
ジークは信用して良いと笑うとゼイは胸を張り、ジークに続く。
しかし、すでに魔法の効果が切れているゼイはゴブリンの姿であり、彼女に気が付いた兵達は警戒を上げる。
「ジークさん、大丈夫なんですよね?」
「あー」
フィアナは顔を覗かせると初めて見るゴブリン族の姿に怯えたように手を上げた。
ジークは先ほどまで部隊に紛れ込んでいた事もあり、少しだけバツが悪そうに鼻筋を指でかく。
「小僧、何を隠している?」
「とりあえず、集落に移動しないか? 全員は入れないと思うけど、襲撃者は3人とは限らないし、早く情報を聞きたいし」
「……小僧」
部隊の兵士達からはジークに説明を求める視線を向けられており、ジークは逃げるように集落に移動しようと提案する。
ラースは同行している兵士達には魔族に偏見がある者もいるため、この場で説明の必要があると思っているようで彼の首根っこをつかんで問いただす。
「えーと、さきほども会ってると思うけどゼイだ」
「ハヤク、モドル」
ジークは逃げきれないと思ったようで改めて、ゼイを紹介すると兵士達は意味がわからないようで眉間にしわを寄せた。
そんな兵士達の気などゼイは気にせず、集落に戻ろうと集落の方向を指差して、飛び跳ねている。