第670話
「……確かに時々、わざとらしいくらいに気配を感じるな。まるでこっちに来いって誘ってるようだ」
「テキ、イル?」
集落から出たジークとゼイは気配を殺しながら、森の中の気配を探って行く。この頃にはゼイにかかっている変化の魔法は解けている。
ジークはゼイが自分の思っていた以上にしっかりと気配を消している事に驚くものの、優先すべきは集落の様子を探っているものであり、視線を鋭くしている。
ジークにはザガロ達の言っていた通り、時々、気配を感じ取れるようで舌打ちをするが、ゼイは気配を察知するのは苦手なのか首を捻った。
「少し離れているけどな。現れる場所を考えると複数いるな……気配は少し違うから3人はいる。他にもいるかはまだわからない」
「ツカマエルカ?」
「……捕まえたいけど、相手がこっちに気が付いている可能性だって高いからな。どうするかな? と思ってな」
ジークが識別できる気配は3人であり、ゼイは集落に仇なすものとして捕縛して罰を与えたいようで背中の斧に手を伸ばす。
気配をわざと見せている可能性が高いため、相手の実力をかなりのものだと評価しているジークは迷っているようで眉間にしわを寄せている。
「ツカマエル。ハヤイ」
「って、ゼイ!? ……やっぱり、ゼイを連れてきたらダメだろ。様子を見てくるって感じじゃないぞ」
しかし、ゼイはジークが答えを出す前に森の中を駆け出して行ってしまい、ジークは驚きの声を上げた。
ジークの声など走り始めたゼイの耳には届かず、彼女を1人で突っ走らせるわけにも行かないため、ジークは慌てて彼女の後を追いかける。
「……速いけど、目立つだろ」
ザガロの言っていた通り、ゼイはこの森の中の知らない場所は無いと言いたいのか、ジークを引き離す勢いで森の中をかけて行く。
小さくなって行く彼女の背中にジークは何とか後をつけるが徐々に距離は引き離されており、ゼイが駆けると木々を揺らすため、ジークは自分達の事が集落の様子をうかがっている者達に気づかれるとしか思えないようで舌打ちをする。
「ジーク、ミツケタゾ」
「……一直線だな。ゼイ、話を聞きたいからな」
「ワカッテル」
その時、ゼイは監視者の1人を見つけたようで、声を上げた。
ジークは眉間にしわを寄せるが、ゼイだけで後れを取るわけにはいかないため、腰のホルダから魔導銃を引き抜く。
いきなり、襲い掛かってきた者はゴブリン族と人族のペアあり、監視者の対応は遅れる。
ゼイは斧を監視者に振り下ろすと森の中を歩くために軽装にしていたのか、監視者には斧を受け止めるだけの頑丈な剣も盾もなく、後方に飛び、何とかゼイの攻撃を交わすが着地した瞬間にジークの冷気の魔導銃が襲う。
『……』
「ジーク、ドウスル?」
「とりあえず、話を聞く。斧をしまえ」
冷気の魔導銃で動きを止められた監視者は魔族に協力しているジークを敵と判別したようで睨み付ける。
その視線にゼイは敵意には敵意で返すと言いたいのか、斧を手にしている手に力を込めた。
今にも襲い掛かりそうなゼイの様子にジークはため息を吐くと縄を取り出して、監視者を縛り上げる。
「それで、こんなところで何をしてるんだ?」
『……』
「……これを使わないとダメなのか?」
ゼイに周囲を警戒させながら、ジークは縛り上げた監視者に目的を問う。
監視者は話す気などないのかジークを睨み付けおり、ジークはため息を吐くと栄養剤を取り出した。
「できれば、目的を話して欲しいんだけど、俺はこいつを栄養剤だって主張したいし……確かに味は悪いけど栄養剤であって、毒薬や尋問に使うような物じゃないんだよ」
ジークは最近、自白剤にしか利用されていないため、納得がいかないようでぶつぶつを言っているのだが、捕らえられた人間にとっては関係のない事であり、ジークの様子に監視者は怪訝そうな表情をしている。
「ジーク、ツギ、イク?」
「いや、こいつが雇われた人間だとしたら、他の奴らと仲間意識だって薄いだろ。そうなると助けにだって来ないだろうし……何より、余計な事を話す前に消しに来る可能性だってあるからな」
「……コロスキ?」
ゼイは他の監視者の捕まえた方が良いと思ったようで駆け出そうとするが、ジークは何とか彼女の首根っこをつかみ、彼女を引き止めた。
ジークの行動に納得がいかないのか非難するような視線を向けるとジークは捕まえた人間の命が狙われる危険性を示唆する。
その瞬間、3人に向かい矢が放たれた。
ジークもゼイもすぐに体を反応させ、ジークは魔導銃で矢を撃ち抜き、ゼイは斧で矢を薙ぎ払うと捕まえている監視者を守るよう達、周囲を警戒する。
「……ジーク、ケハイ、キエタ」
「どこから、狙ってくるかわからないな……おい。相手はあんたを殺す気で来てるぞ。何か情報はないか? 信じて貰えるかはわからないけど、俺とゼイはあんたを殺す気はない。あんたもまだ死にたくないだろ?」
矢が放たれた場所からはすでに人の気配はなく、どこから狙われるかわからない恐怖にジークとゼイの背中には汗が伝う。
2人以上に縛り上げられている人間は身動きが取れない事もあり、心臓でも撃ち抜かれてしまえばすぐに自分が死ぬ事も理解しているようでこちらを狙っている人間に命乞いをする。
その様子からこちらを狙っている者が、捕まえた人間より各上であるのは明らかであり、ジークは情報を得ようと襲撃者の情報を聞く。
それは自分達には殺意がないと言う意思表示ではあるが、捕えられた人間には信用できるわけもなく、自分は何も情報を渡していないと声を上げて命乞いを続けている。
「ジーク、セメルカ?」
「……攻める当てもないだろ。俺達が攻めに転じて狙い撃ちで後ろのが死んだら、気分悪いぞ」
「ソウカ」
性格的に守りに向かないゼイは突撃してみると言いだすが、ジークは命乞いをしている人間を見捨てる気にはなれないようで彼女を引き止める。
ゼイは命を守られながらも信用しない人間を守る気にはあまりなれないようで文句を言いたそうだが、ジークの言葉に頷く。