第663話
「ジーク?」
「おっさん、ちょっと待っててくれ。ノエル」
「は、はい」
ゼイはジークの様子に首を傾げているが、突然の彼女の登場に考えがまとまらないジークはゼイを小脇に抱えるとノエルと一緒に逃げるように駆け出す。
ジークに抱えられたゼイは意味がわからずに声を上げているが、ジークとノエルが立ち止まる事はなく、この場に残されたラース、レギアス、フィアナの3人は呆然とした様子で見送る。
「……小僧とノエルの慌てようは何だ? あの娘に何かあるのか?」
「わ、わかりません」
「……あの娘はそういう事か、確かに慌てるな」
3人の姿が見えなくなってから、しばらくしてラースは正気に戻ったようでゼイの事をレギアスとフィアナに尋ねる。
ゼイとは会った事の無いフィアナは首を大きく横に振るが、レギアスは2人の反応を改めて考えた時に1つの答えに行きついたようで楽しそうに笑う。
「レギアス、何か知っているのか?」
「何、すぐにわかるだろう。それより、ラース、お前の仕事はあの2人を止める事なのではないか? そろそろ、掴み合いのけんかになりそうだぞ」
「う、うむ。ワシはアノスを連れて他の様子を見てくる。小娘の事を頼むぞ」
レギアスの様子にラースは首を捻るが、レギアスはゼイの正体に予想は付いているものの確証がないため、笑って誤魔化すとフィーナとアノスを指差した。
2人のにらみ合いはレギアスの言う通り、ケンカに流れ込みそうな雰囲気であり、ラースは大きく肩を落とすと2人の元に歩き出す。
「……アノス様って、もう少し冷めた人だと思ってたんですけど」
「フィーナには他者を熱くさせる何かがあるのかも知れないな」
ラースは2人の元まで歩くとアノスを引っ張って行く。
上役であるはずのラースにいさめられてもアノスのフィーナへの怒りは抑えきれないようで罵倒が飛び交っており、その様子は騎士のイメージとはかけ離れている。
その様子にフィアナは小さく肩を落とすとレギアスは苦笑いを浮かべて言う。
「……また、おっさんに邪魔されたわ。どっちが上かはっきりとわからせてやろうと思ったのに」
「フィーナさん、も、もう少し仲良くやりましょうよ。何かあった時は協力し合わないといけないんですし」
「協力? 私とあいつが協力する事なんてないわ。屈服させてあご先で使ってやるんだから」
ラースに止められたのが不満のようで頬を膨らませて戻ってくる。
フィアナは彼女の様子にラースの思惑通りには言っていない事は容易に想像が付き、彼女に考えを改めるように言う。
しかし、フィーナは手合せをしてもアノスとわかり合うところなど1つも見つからなかったようできっぱりと言い切った。
「戦っても友情は芽生えなかったか」
「……レギアス様、そんな展開、おっさんみたいな筋肉バカしか考え付かないわ」
「それもそうだ。アノスももう少し時がたって経験をつめば少しは変わるだろうし、その時は認めてやってくれ」
フィーナの様子にレギアスは小さな声でつぶやくとフィーナは呆れたようにため息を吐く。
レギアスはフィーナが同類とも言えるラースを筋肉バカと言い切った事が面白いのか小さく口元が緩む。
彼の表情にフィーナはバカにされていると思ったようで頬を膨らませるとレギアスは1つ咳をして話をまとめる。
「……納得が行かないわ」
「そ、そんな事はないです。それより、あの先ほどジークさんとノエルさんが大きな斧を背負った子を連れて行ってしまったんですけど、フィーナさんは知っていますか? 確か、ゼイさんと呼んでましたけど」
「ゼイ? ……なんでここにいるの?」
この話をレギアスが終わらせたいのはフィーナにも理解できたようだが納得はできておらず、ぶつぶつと文句を言っている。
フィアナはこのままにしておくのはまずいと思ったようで話を変えようとゼイの事をフィーナに聞く。
彼女がこんな場所まで来た理由がわからずにフィーナの眉間にはくっきりとしたしわが寄った。
「知り合いですよね?」
「そうね……それでジークとノエルはどこに行ったの?」
「ゼイさんをジークさんが抱えてあっちの方に」
遠慮がちに尋ねるフィアナの様子にフィーナは肯定しかできずに眉間にしわを寄せたまま、3人が向かった先を尋ねる。
フィアナはジーク達が消えた方向を指差すとフィーナは様子を見に行くべきか考えているようで首を捻ってっている。
「フィーナ、あのゼイと言う娘はカインの言っていたあの娘か?」
「あのクズが何か言ってたの?」
「……これはジークやカインは大変だな」
レギアスはゼイが魔族に属する事に確信を持ちたいようでフィーナに言葉を濁して質問をするが、察しの悪い彼女はレギアスが何を言っているか理解できないようで首を傾げた。
その様子にレギアスは大きく肩を落とす。
「何よ?」
「……あの娘は魔族かと聞いているのだ」
「そうだけど……」
フィーナはムッとした様子で聞き返すとレギアスは話が話のため、フィアナに聞こえないように彼女に耳打ちをする。
フィーナは頷くものの、なぜ、レギアスがゼイの正体に気が付いたのか不思議なようで怪訝そうな顔をする。
「……前にフォルムに行った時にカインからお前達の考えを聞いたのだ」
「そうだったっけ?」
「うむ」
レギアスは表向きには人族と魔族が協力して生きる世界を応援できないため、眉間にしわを寄せてフィーナに考えるように言う。
フィーナはその時の事を覚えていないようで首を傾げ、レギアスは反応に困っているようで大きく肩を落とす。
「あの、私にも教えてください」
「えーと、もう少し待たない? 私は上手く説明できる気がしないし、そう言うのはジークの仕事」
「そ、それはわかる気がしますけど」
フィアナにはフィーナとレギアスが内緒話をしているように見えたようで自分もゼイの正体を知りたいと手を上げた。
しかし、フィーナは自分が説明に向かない事を理解しており、ゼイがゴブリン族だと言う説明を避けてすぐわかる事だと言って面倒事をジークに押し付ける。
フィアナは仲間はずれにされている気がするのかしょんぼりと肩を落とす。
「……レギアス様、なんか良心の呵責があるんだけど」
「しかし、ゼイと言う娘も何か考えがあってきたのだろうし、待った方が良いだろう」
「ゼイの事だから、きっと何も考えてないわ」
フィアナの様子に罪悪感を覚えたフィーナは話したいのかレギアスに意見を求めるような視線を向けた。
レギアスは苦笑いを浮かべて首を横に振るとジークとノエルを待つように言う。