第662話
「……」
「あの、ジークさん」
「ノエル、目を合わせるな。かまっているヒマはないから、ただでさえ働かない奴らがいるんだからな」
魔導銃の氷が解け、動けるようになったフィーナとアノスは手合せの邪魔をしたジークを睨み付けている。
ノエルは2人の突き刺さるような視線に居心地が悪いようでジークの名前を呼ぶが、ジークは気にする事無く、テントの片づけを続けて行く。
「働かない奴らって、どういう事よ。だいたい、あんたが邪魔しなければ、今頃、こいつを地面に這いつくばらせていたのよ!!」
「……こっちのセリフだ」
ジークの言葉が我慢ならなかったようであり、フィーナはジークと距離を詰めるとアノスを指差して声を張り上げた。
フィーナもアノスもお互いに手合せを続けていれば勝ったのは自分だと思っているようであり、にらみ合いを開始する。
「……最後までやらせてあげた方が良かったんじゃないですか?」
「いや、決着がついたら、ついたで負けた方を見下してこの後が面倒になるから、これで良かったんだと思う……次に行くか」
「そ、それは手合せしない方が良かったんじゃないですかね?」
火花が散るフィーナとアノスの様子にフィアナは困ったように笑う。
決着がついたらついたで面倒な事になるのは目に見えている事もあり、ジークはこれで良かったで話を終えたいようで逃げるように次のテントの片付けに行こうとする。
ノエルはフィアナと手合せが始まる時に居合わせなかったため、手合せをさせたこと自体が間違いだと思ったようで大きく肩を落とす。
「そのままだとどこかでぶつかっていただろうからな。早くに衝突させておきたかったんだ。緊急時にお互いの実力を認められない状況では組ませる事はできないからな。相性は別としてお互いの実力は認める事ができただろう?」
「……相性は重要だろ?」
「そう思います」
その時、ラースが戻ってきて逃げ出そうとするジークを捕まえると考えが有った事を告げる。
しかし、緊急時にフィーナとアノスを組ませる事など危険としか言えず、ジークとフィアナは眉間にしわを寄せた。
「大丈夫だ。その時は小僧がどうにかする」
「……どうして、俺に面倒な事を押し付けるんだ?」
「カインがいないのだ。小娘の管轄は小僧だ」
ラースは緊急時にはフィーナとアノスをジークに押し付けると言い切り、ジークの眉間のしわはさらに深くなった。
ジークが貧乏くじを引かされているのは明らかだが、ラースにとってジークはフィーナの保護者扱いであり、ノエルとフィアナは苦笑いを浮かべている。
「納得はいかないが、フィーナの事は納得しよう。だけど、アノスはおっさんの管轄だろ」
「若い騎士を育てるには時には距離を取り、見守るのも必要なんだ。1人で考えて動いているレインはしっかりと成長しているだろう?」
「……レインと比べたらダメだろ」
ジークは苦虫をかみつぶしたような表情をしながら、何とか納得するがアノスの事はラースに押し戻そうとする。
その言葉にラースはレインを例に出してアノスの成長につなげるためだと言うが、ジークは冷静な判断をする事ができるレインと感情で動くアノスを同一に考えてはいけないと首を横に振った。
「他者とかかわる事は成長に繋がる事だ。ラースより、同年代のジークの方が良い場合もあるだろう? それに考えてはいるが、ラースだ。武芸の方はまだしも細やかな気遣いは期待できないからな」
「おっさんが細やかな気遣いができないのは同感だ」
「レギアス、小僧、それはいったいどういう事だ?」
レギアスはジークとラースの話を聞いていたようで、アノスの成長にラースは役不足だと言う。
ジークは反撃なのかその言葉に大きく頷き、ラースが不服そうに眉間にしわを寄せた。
「そのままだ。それより、ラース、いつまでも遊んでいる時間はないのではないか? そう言って、フィーナとアノスの手合せを止めたんだ。早くしないと2人の矛先がお主に向かってくるぞ」
「うむ。そうだな。それにこのままだと第2戦が始まりそうだからな」
「ラース様、そう言えば捕らえた人達ってどうなったんですか?」
レギアスは誤魔化すように1つ咳をつくと出発はいつになるかと聞く。
ラースは頷き、フィーナとアノスを引きはがそうとするが、フィアナは捕縛した人間の事が気になったようで遠慮がちに手を上げた。
「そう言えば、そうだな。爺さんの手の者だったのか?」
「いや、あの者達は魔族の噂を聞いて一獲千金を狙ってきた者達だった。ワシらに先を越されたくないと思っていたようでな」
「見張ってて、あわよくば自分達の手柄にしたかったって事か? ……小者だ」
捕縛した人間の正体が気になったようでジークは周囲に聞こえないように声量を落として聞く。
ギムレットの関係者ではなかったようでラースは首を横に振り、ジークはどこかほっとしながらも魔族を自分達の名声のための道具としか考えていない人間がいる事に少しだけ悲しそうに笑った。
「うむ。それで今回は近づかないように釘を刺して解放する事にした」
「その方が良いな。あの程度じゃ、何かあった時に何もできないだろうからな……本当に宿場町に戻るだろうな?」
「何だ? 小僧特有のイヤな予感でもするのか?」
話を聞いた上でラースは解放の判断をしたと告げる。
簡単に追跡している事を気づかれる程度の実力ではギムレットの手の者に襲われた時に巻き込まれて殺される事は簡単に想像がつく。
それは胸騒ぎにも近い感覚であり、ジークが眉間にしわを寄せると彼の様子にラースは何か感じたようで難しい表情をして聞き返す。
「今のところはそうでもないけど……」
「小僧、イヤな予感がするなら言っておけ。対処する方法も考えなければいけないからな」
「ジーク、ヘンナカオ? ドウシタ?」
ジークはイヤな予感がしながらも、それを口に出しては不安を与えるだけだと思ったようで言葉を飲み込もうとする。
ラースは難しい表情をすると何かを考え込むように首を捻った。
その時、小さな体には不釣り合いな斧を背に背負った少女がジークの顔を覗き込み、彼の表情に少女は首を傾げる。
「……なぜ、ここに居る?」
「ゼイさん?」
「オソイ、ムカエキタ。ギドサマ、ミンナ、マッテル」
少女の顔にジークとノエルは見覚えがあり、呆気にとられるが少女は気にする事無く、楽しそうに笑う。
その少女はジーク達と親交の深いゴブリン族の少女のゼイであり、ジーク達が集落に来るのが待ちきれなかったようである。
「小僧、ノエル、知り合いか?」
「えーと……ノエル、今回のイヤな予感はこれだと思うか?」
「そ、そうだと良いですね」
ゼイの事を知らないラースは首を捻りながら、彼女の事を聞く。
ジークはどう答えて良いのかわからないようで眉間にしわを寄せてノエルに意見を求め、ノエルはこれ以上の問題が起きない事を祈るように大きく頷いた。




