第661話
「……ちっ」
フィーナの攻撃を何とか弾き返し続けているものの、徐々に上がって行く彼女のスピードに対応するのが難しくなってきたようでアノスは舌打ちをする。
その舌打ちはフィーナの視界に入ったようで彼女は小さく口元を緩ませ、彼女の表情にアノスの苛立ちは募って行く。
しかし、苛立ちだけではこの状況に対応できない事もわかっているほどの冷静さはあるようで、フィーナの木剣を撃ち返しながら、彼女のくせを探す。
着地の瞬間、飛び出す時の1歩目の足、歩幅、視線の先を注意深く見るが、剣士として特定の誰かを師事した事のないフィーナは考える前に身体が先に動くタイプであり、くせと言う物を探す以前に何もかもがめちゃくちゃである。
騎士としての剣の型を覚えてきたアノスとは対極の戦い方であり、アノスには反撃する手段が見つからない。
「……フィーナさん、大丈夫ですかね?」
「フィーナ? 押しているのはフィーナの方だぞ」
「そうなんですか? ですけど、あんなに跳ね返されたら、転んでしまいます」
アノスは反撃の手立てが見つけられないのだが手合せの様子を見ているノエルにはフィーナの方が劣勢のように見えたようで不安そうな表情をする。
見方の違いにジークは首を捻るが、ノエルは派手に吹き飛ばされるフィーナがケガするのではないかと思っているようで不安そうにジークの服を引っ張った。
「転んでって言ってもな。あいつは吹き飛ばされなれてるから、しっかりと着地する場所を見極めている……あ」
「どうかしたんですか?」
「……アノスの反撃のタイミングあるな」
ノエルのどこかずれた心配にジークは苦笑いを浮かべるとフィーナが着地を失敗する事はないと言うが、その時に何かに気が付いたようで小さく声を漏らす。
ジークの様子に首を捻るノエルにジークは彼女がフィーナを心配しているためか、これを話す事ではないと思ったようで頭をかいた。
「ほう? どうする?」
「フィーナは弾き飛ばされてすぐに着地場所を見極めているんだ。そこを見定めて、着地のタイミングを狙う。弾き返した後、すぐに動かないといけないからアノスにできるかはわからないけどな。後は今まで弾き返しているから、タイミングを狂わすために弾き返さずに受けてみるのも良いんじゃないか?」
「そこに気づけるかはアノスしだいか」
その言葉にラースは反応をして聞き返す。
ジークは言って良い物か悩みながらも意見を求められている事もあり、自分なりの回答を返した。
回答を出したものの、それを実行できるだけの能力がアノスにあるかわからないため、ジークは頭をかいている。
先ほどは木剣を叩き折ると言っていたラースだが、実際はジークの出した答えを最初から持っていたようで満足そうに笑う。
「……おっさん、最初からアノスの反撃の手段がわかってたんじゃないかよ」
「自分とは違う戦い方を学ぶのもまた成長に繋がるからな。小僧の成長にも必要だと思ってな」
「……まぁ、反撃しやすいってなると弾き返さずに木剣を受けた方がやりやすいかな? フィーナの場合、アノスが防戦一方だって決めつけて、確実に調子に乗るから、そのタイミングで仕掛ければ形勢逆転だな」
ラースの表情にジークは自分が試されたのだと気づき、ムッとしたような表情をするとラースは悪気がないと言ってジークの肩を何度も叩いた。
腕力のあるラースに何度も叩かれては身体が持たないと思ったジークはラースと距離を取ると仕掛けるならフィーナが調子になり始めた時だとため息を吐く。
「あの、ジークさんの中ではフィーナさんが調子に乗るのは確定なんですね」
「そろそろ、勝ったと思って高笑いを始める頃だ」
「……それはなんと言ったら良いんでしょう」
ジークとラースの話を聞いていたフィアナは真面目に手合せをしているなで、対戦相手を見下す事などないと思っているようで苦笑いを浮かべる。
しかし、フィーナの幼なじみであるジークは誰よりも彼女の性格を理解しており、絶対にアノスを見下すと言い切り、フィアナの眉間にはくっきりとしたしわが寄った。
「もう飽きたから、終わりなさいよ!!」
「な?」
「……はい」
その瞬間、フィーナは勝利を確信したかのように声を上げて木剣をアノスに向かって振り下ろす。
ジークは予想が当たってもまったく嬉しくないようで眉間にしわを寄せながら、フィアナに声をかけ、彼女も小さく頷いた。
木剣の振りは鋭く、アノスの頭部へ向かって振り下ろされる。
「あれ?」
「……あまり、他人の事をバカにするなよ」
アノスはフィーナの攻撃をしっかりと読んでおり、木剣で彼女の攻撃を受け止めた。
勝利を確信していた分、フィーナは間抜けな声を漏らし、それと同時にアノスの冷静な声が彼女の耳に届く。
フィーナは慌てて、次の攻撃に移ろうとするが1度、止められてしまった動きは一方的に攻めていた時よりも遅い。
「……あの速さも身体のバネを使っていた攻撃も1度、止めてしまえばあそこまでは急に上げられないだろう? 降参したらどうだ?」
「降参? あり得ないわね。それに負けを認めるのはあんたじゃないの?」
弾き返すよりは純粋なパワー同士の戦いに持ち込んだ方が分が良い事に気が付いたアノスはフィーナを弾き飛ばさないようにしており、フィーナは押され出す。
ぶつかっている木剣からアノスに力で押されている事に気づきながらも、フィーナはアノスに負けたくないようで悪態を吐くと彼を挑発するように笑った。
その笑みはまだ強がりにも見えるが反撃の余地も隠しているようにも見え、アノスは決着をつけるような1撃を放つのに迷っているようにも見える。
「これ以上、長引かせると今日の行軍に影響が出るな」
「そうだな。変に決着をつかせるより、そっちの方が良さそうだな」
「へ? あの、ジークさん、何をするんですか?」
盛り上がっている2人の手合せだが、ラースはこれ以上長引かせる時間は無いと思ったようでジークに視線を送った。
ジークはすぐにラースが何を言いたいか理解すると腰のホルダから冷気の魔導銃を抜き取り、完全に相手しか目に映っていないフィーナとアノスに照準を合わせる。
その様子のノエルは何が起きるか理解できなかったようで首を傾げるが、ジークは迷う事無く引鉄を引き2人を氷漬けにする。
「良し、遊びはここまでだ、出立の準備をするぞ。荷物をまとめろ」
「……あの、良いんですか?」
「うむ。小僧、小娘、ワシは捕まえた者達が何か話したか確認してくるから、準備を進めてくれ」
突然の事で呆気にとられる兵士達だが部隊長であるラースの師事に従い、出立の準備を再開して行く。
ノエルとフィアナは顔を引きつらせているがラースは気にする様子もなく、尋問をしている部下に話を聞きに行くと言って歩き出す。




