第660話
「……やっぱり、弾き返されるか?」
「うむ。小娘はウェイトが軽いからな。もう少し筋肉をつけても良いと思うが」
「そこら辺は乙女のなんとかって奴だろ。余計な事を言うとこっちに木剣を投げつけてくるぞ」
フィーナが弾き飛ばされる様子を見てジークは頭をかく。
ラースとしては先制攻撃をするにはフィーナの攻撃には重さが足りないと思っているようで難しい表情をするが、フィーナも体重や筋肉の事は気にしているようであり、ジークは苦笑いを浮かべる。
「それでも、俺より腕力は強いけどな」
「……小僧、それはさすがに情けなくはないか?」
「良いんだよ。俺の場合は非力を補うために魔導銃を使っているってのもあるんだから、それに勝手な偏見かもしれないけど、筋肉のあるヤツは雑ってイメージがあってな。調合するのに邪魔そうだから」
ジークは自分とフィーナを比較すると武器を持たない時の攻撃力はフィーナの方が上だと冷静に言う。
その言葉にラースは男として情けないと思ったようで大きく肩を落とすがジークは気にする事はない。
ラースはジークの様子に何か言いかけるが、彼の中では自分も雑な人間に分類されていると思っており、今、何かを言うのは分が悪いと思ったようで言葉を飲み込んだ。
「それより、なんか盛り上がってきたな」
「うむ。小娘の動きは派手だからな。見てる方は面白いのだろう」
「派手と言うか、無駄の間違いだろ」
フィーナとアノスの手合せを見ていた兵達は徐々に興奮してきたようで声を上げて応援を始め出す。
アノスに攻撃を仕掛けてフィーナは弾き飛ばされるものの、弾き返される時は木剣同士をぶつけ合っており、お互いに木剣を打ちつけられてはいない。
フィーナは弾き飛ばされなれている事もあり、すぐに体勢を立て直すと怯む事無く、アノスに向かって行く。
その攻撃は弾き返されるたびに鋭く、素早くなって行き、アノスは逆に防戦一方になり始めている。
「小娘の方が有利か? 確かに小娘のあれは厄介だ」
「厄介か? 俺から言わせれば待ってるから、あんな後手後手になるんだよ。このままだと良いのを食らうな」
「それは小僧、お前が小娘と同程度の素早さがあるからだ。それにお互いに相手の手の内を知っているからな。対処法もわかっている。しかし、アノスは小娘との対戦は初めてだからな。あのような攻撃はどう対処して良いかわからないだろうな。このままでは小娘の勝ちだな」
アノスの様子にフィーナと何度も手合せをしているラースはアノスの考えている事もある程度の予想が付くようで難しい表情をする。
ジークは割とフィーナとした手合せの対戦成績は悪くないため、アノスがフィーナのペースに巻き込まれてきたと言う。
それを言えるのはジークだからだと笑うラースだが、ジークの意見には賛成のようですぐに表情を引き締めるとアノスが何かを変えなければこのままフィーナに1本取られてしまうと難しい表情をする。
「だけど、このまま、アノスに負けられるとおっさんが困るんじゃないか? アノスの指揮に誰も従わなくなるぞ」
「底を味わうのもまた成長に繋がるのではないかと思うんだが、どう思う?」
「……俺に同意を求めるな」
アノスはフィーナの攻撃を防いでいるものの、すでに反撃には移れないようであり、アノスの事を考えると不味い方向に進んでしまうのではないかとジークは首を傾げた。
今の状況を見れば、フィーナの一方的になものであり、ラースはもっと良い勝負を期待していたのか困ったように笑うとジークは小さく肩を落とす。
「試しに聞くけど、おっさんなら、どうするんだ? おっさんはフィーナとも手合せしてるだろ?」
「ワシか? ……木剣で弾き返す程度ではすぐに小娘が向かってくるからな。木剣を折るほどの1撃をぶつける。これで悪くても引き分けに持ち込める」
「……力づくかよ。おっさんらしいけど」
ジークはアノスが逆転勝ちをするとしたらどのような方法があるか気になったようでラースに聞く。
ラースは少し考えると木剣を叩き折り、勝負をうやむやにしてしまうと言い、ジークはそんな事で良いのかと言いたいようで眉間にしわを寄せた。
「な、何をしているんですか!? ジークさん、止めてください!?」
「ノエル、ケンカじゃないから、時間があるから手合せして見ろって話になっただけだ」
「そうなんですか?」
その時、朝食の後片付けを終えたようでノエルとフィアナが顔を出す。
ノエルはフィーナとアノスが手合せをしている姿を見て驚きの声を上げるとジークの腕をつかむ。
彼女は今日までの2人の様子から、いつ、ケンカをしてもおかしくないと思っていた事もあり、ノエルの顔には焦りの色が色濃く見える。
ジークは苦笑いを浮かべるとノエルに落ち着くように言い、ノエルはケンカではなかった事を聞き、きょとんとした表情をして聞き返す。
「本当だ。ワシが指示をした」
「ケンカじゃないなら良かったです」
「そうですね。フィーナさんとアノスさんはいつケンカを始めてもおかしくなかったですし……本当に大丈夫なんですよね?」
ラースがジークの言葉を肯定するとノエルとフィアナは胸をなで下ろすが、実際は名目を手合せにしただけであまり変わっていない。
なぜなら、フィーナはアノスに弾き返されるたびに殺すなど汚い罵倒が飛んでおり、フィアナは手合せだと信じられなくなったようで不安そうな表情をする。
「手合せだ」
「うむ。手合せだ」
「本当ですよね?」
ジークとラースは迷う事無く、きっぱりと手合せだと言い切るが、フィアナはどこか信じきれないようで疑いの視線を向けた。
「フィアナ、ケンカだと思うなら、中に入って止めてきたらどうだ?」
「手合せです……私、絶対にジークさんにだまされている気がします」
「人聞きが悪いな」
彼女の視線にジークは激しく木剣をぶつけ合うフィーナとアノスを指差して納得が行かないなら、止めてきたら良いと言う。
ジークに言われて1歩前に出ようとするフィアナだが、自分では絶対に止められない木剣の打ち合いが繰り広げられており、すぐに腰が引けてしまったようで非難するような視線をジークに向けた。
しかし、ジークは言いがかりだと言いたいのかわざとらしく大きく肩を落とす。




