第658話
「……傷は塞がってるな」
「元々、たいした傷ではなかったんだろう。それとも治療に手を抜いたのか?」
「そんな事はしてない」
朝食を終えると捕縛した者への質問の時間があるため、時間が余ってしまいジークは昨晩治療したアノスの顔の傷の状態を見る。
小さな切り傷程度だった事もあり、傷はしっかりと塞がっており、ジークは安心したのか苦笑いを浮かべるとアノスは悪態を吐いた。
彼の様子にジークは小さくため息を吐くと念のためにもう1度、傷薬を塗り込む。
「質問ってどれくらいかかるの?」
「ある程度の時間はかかるだろうな」
「それなら、ジーク、ヒマでしょ。相手してよ」
ノエルとフィアナが後片付けは自分達がやると言ってしまい追い出された形のフィーナはやる事が無いのか、欠伸をしながら出発の時間を聞く。
ジークはどの程度の時間がかかるかはわからないが、出発の時間はまだ先だと思っているようで傷薬を片付けながら答えるとフィーナは手合せをしろと言いたいのか木剣をジークに向かって放り投げる。
「俺は止めとく。見てるとここまで来るのに小さなケガをしている人間もいるみたいだからな。そのままにしていてかぶれているみたいだから治療してくる。アノス、ヒマならフィーナの相手をしててくれよ」
「俺が、この女と? ……断る。このような者と手合せをしても得る物はないだろうからな」
「何ですって?」
ジークは木剣をつかむが他にやる事があると言い、手にした木剣の柄をアノスに向けた。
アノスは1度、木剣に手を伸ばすがフィーナと手にした木剣を交互に見た後、フィーナなど相手にならないと言いたいのか首を横に振る。
その物言いはフィーナにとっては我慢ならないものであり、アノスを睨み付けると彼につかみかかろうとしているのか距離を詰めて行く。
「……フィーナ、熱くなりすぎるな」
「何でよ? こいつ、私をバカにしたのよ? 偉そうに言っていたって、レインの方が実力は上なんでしょ。それなら、私より格下じゃない」
「俺があいつより、格下だと?」
ジークはフィーナの手をつかみ、彼女を引き留めるとフィーナの怒りはジークにぶつけられる。
フィーナの中ではレインとアノスの実力にかなりの差があると思っているようで彼をバカにするように笑う。
その言葉にアノスの顔には見てわかるような怒りの色が浮かび出し、ジークはその様子に眉間にしわを寄せた。
「……フィーナ、実際に手を合わせたわけでもないんだから、偉そうに言うな」
「何よ? 少なくともレインは実力で騎士になって、こいつは金の力で騎士になったんでしょ? それなら、合ってるじゃない」
「それにはいろいろと事情もあるんだろ。だいたい、俺も含めてレインもお前もカインにぼっこぼこに叩きのめされてるんだから、何かを言える立場にないだろ」
ジークはフィーナに言葉を正すように言うが、フィーナはアノスが騎士に任命された時にイオリア家が行ったパーティーでイオリア家がどんなものか知っており、最初からアノスをバカにしている。
彼女の言葉にジークはため息を吐くと自分達の実力はまだまだだと言い聞かせるように言う。
「……待て。カイン=クロークは魔術師じゃないのか?」
「……あれは魔術師に分類して良い人間じゃないと思うんだ」
「そうか……」
アノスはレインをライバルと考えている事もあり、ジークの口から出たカインの実力に眉間にしわを寄せた。
ジークは改めて、カインの実力を実感したのかどこか遠くを見つめて言うとアノスは上には上がいると思ったようで苦虫をかみつぶしたような表情をする。
「カイン=クロークの場合はお主達が相手だから、強いのかも知れんぞ。アノスが相手をすればいい勝負をするかも知れん」
「おっさん? 何を言ってるのよ? それなら、私がこの男より下って事になるじゃない?」
「……うむ。単純にどちらが上とは言い切れんが、スピードでは小娘に分があり、一撃の威力にはアノスの方が上だろう。戦況によって結果はわからんな。ルッケルの時は小僧は自分の得意分野にワシをひっぱりこんだだろう? 戦闘とは相手をいかに自分の得意分野に引きずり込むかだ」
3人の話が聞こえていたのか、ラースが口を挟む。
彼の言葉はフィーナには我慢ならなかったようでラースに食ってかかるとラースはそれぞれに長所があるため、簡単に実力はわからないと言う。
「確かにおっさんの言う事はわかる……俺はあいつを自分のペースに引っ張り込める気はしない」
「カインはある物を全て有効的に使い、勝利に導いていくタイプと言う事だ。その中にはジークやフィーナ、レインのくせも含まれているだろうからな。手合せのしていないアノスの相手の方が苦労しそうだな」
「確かにそう言うところはあるな……今度はいつもと違った攻撃を仕掛けてみるか?」
ジークはカインとの手合せが苦手のようで頭をかくとラースとともにレギアスも来ており、レギアスは自分なりにカインの性格を分析しているため、カインには3人のくせが完全に読まれているとラースの言葉を補足する。
彼の言葉には納得ができる事が多く、ジークは眉間にしわを寄せるとフォルムに戻った時に別の攻撃方法を仕掛けてみようと思ったようで小さくつぶやいた。
「それでも、カインの事だ。読まれていそうだがな」
「……否定できないな。と言うか、あいつほど、他人を自分のペースに引っ張り込むのを得意としてる奴はいないだろうからな」
「……あの悪意ある笑顔が冷静さを奪うのよね」
ジークのつぶやきはラースの耳にはしっかりと届いており、苦笑いを浮かべる。
ジークとフィーナはカインのペースに巻き込まれなれているせいか、ひょうひょうとした態度で他人の神経を逆なでするカインの顔を思い浮かべたようで眉間にしわを寄せた。
「部隊と言うのは人の集まりだ。同じ考えの者だけでは意見が固まってしまい。対処できなくなる事もある。戦い方も同様だ。小娘のような戦い方もあればアノスのような戦い方もある。お互いの長所を探すのも悪くないだろう。と言う事で、小娘、アノス、木剣を取れ」
「……おっさん、それはただ単に2人の手合せを見たいだけじゃないのか?」
「この中にはアノスの実力も小娘が同行するのも納得していない者がいるからな。良い機会だろう?」
ラースは1つ咳をすると隊長である自分の命令でフィーナとアノスに手合せをするように言う。
ジークはその言葉にラースが興味本位で2人の対戦を見たいと思ったようでため息を吐くが、ラースは2人をこの部隊に認めさせるために必要な事だと口元を緩ませた。