第654話
「……予想を超えたくらいに弱かった」
「まったくだ」
「一先ずは戻るぞ。話も聞かないといけないしな」
追跡者の捕縛は問題なく進み、ラースの言っていた通り、5人の追跡者を捕まえた。
歯ごたえの無い相手を見てジークはため息を吐くとアノスも気合を入れていた割に肩透かしを食らったと言いたいのか眉間にしわを寄せている。
ジークはここで考え事をして無駄な時間を過ごすより、野営地に戻った方が良いと思ったようで野営地を指差し、2人は他の兵達が追跡者を連れて歩いている最後尾を付いて歩く。
「ジークさん、大丈夫ですか?」
「ああ、別に俺はケガをするような事はしてないからな……」
「……何だ?」
野営地に戻るとそれなりに騒がしくなってしまったようでノエルが女性用となっているジークが持ってきたテントから顔を覗かせる。
ジークは問題ないと笑った後、かがり火の中でアノスの左頬に小さな切り傷が付いている事に気づく。
しかし、アノス自身も左頬に傷が付いている事など気が付いていないようで彼の視線に怪訝そうな表情をする。
「いや、顔に傷が付いているぞ。少し血がにじんでる」
「……たいした傷ではないだろ」
「待ってください。傷の手当てをしないと」
ジークはアノスの左頬を指差すとアノスは手の甲で頬を拭う。
わずかに甲に血が付着するがアノスは治療するほどでもないと思ったようで自分のテントに戻って行こうとする。
ノエルは何もしないのは良くないと思ったようで治癒魔法を使おうと思ったのか、慌ててテントから出てこようとするが、すぐには出てこれないのかテント内でバタバタと動いており、テントの中は騒がしくなって行く。
「……今、フィーナとフィアナを踏んだな」
「そうみたいだな」
テントの中からはノエルの謝る声とともにフィーナとフィアナの驚いたような声が聞こえ、テントの中で何が起きたか予想の吐いた2人は眉間にしわを寄せた。
「……俺は戻るぞ」
「待て。小さな傷でも手当はしておいた方が良い。草で切ったならかぶれるかも知れないからな。それにこの辺は確か……あれがあったはずだから、なんか、身体に合わない薬ってあったか?」
「特にないと思うが……」
ノエルを待っているのは無駄だと判断したようでアノスは戻って行こうとするが、ジークは傷の手当は必要だと言うといつも持っている薬をいくつか引っ張り出す。
傷薬を見ながらアノスにアレルギーはないかと聞くジークにアノスは何かあったのかジークへと視線を送る。
「……言っておくけど、俺は変な趣味はないぞ」
「俺だってない……お前はこの辺に来たような事を言っていたからな。何のためにこんな場所に訪れたのかと思ってな」
「俺は薬屋なんだ。使える薬草を探しに来ただけだ」
アノスに男色の趣味があると思ったようでジークは警戒するような視線を向けるとアノスは全力で否定した後、ジークが以前、この森に何しに来たかと聞く。
ジークは平然と嘘を吐くが、アノスの目は疑いの視線を向けたままである。
「……宿場町の店の店主はお前が魔族を討伐しに来たと言っていたぞ」
「そこまでは言ってなかっただろ。この森の中を調べたのは調べたけどな。話を進めるのに否定する理由がなかっただけだ。交渉術って奴だ……と言うか、そんな風に見られると治療しにくいんだけど」
「……そうか」
アノスは宿場町でのジークと店主のやり取りが引っかかっているようであり、更なる追求をしようとする。
ジークは呆れたと言いたげにため息を吐くと平然と嘘を重ねてアノスの頬の治療を始め出すがアノスと何度も目が合うため、治療がしにくいと言う。
アノスは小さな切り傷くらいのため、すぐに終わると思ったようで目をつぶり、治療が終わるのを待つ。
「何をしている?」
「切り傷の治療、おっさんは草でどこか切ったりしていないか? ここら辺はいくつか面倒な植物があるからな」
「問題はない。その辺はレギアスにうるさく言われているからな。小僧ほど詳しくはないが、毒のあるもので傷をつけるなどバカな事はしない」
アノスが目をつぶったとのとほぼ同時にラースが現れると2人の様子に首を捻った。
傷としては本当の小さなものであり、ジークは持っていた傷薬を掌で数種類混ぜ合わせるとアノスの左頬の傷に塗り込みながら、ラースにもケガしていないかと聞く。
レギアスと懇意にしている事もあり、ラースは植物に知識があると答えるとアノスの治療の様子を見ている。
「……見られるとやりにくいんだけど」
「やりにくいと言ってもたいした物ではないだろう?」
「そうなんだけどさ……終わりだぞ」
「ラース様、追跡者への質問は終わったのですか?」
ラースの視線に小さくため息を吐くも治療自体は傷薬を塗るだけであり、すぐに治療を終えて傷薬をしまって行く。
アノスは目を開けるとラースがここに来た事に追跡者達が何か話したと思ったようで彼らが何の目的があって自分達をつけていたのかと尋ねる。
「いや、まだ何も話していない。と言うか、まだ、小僧の魔導銃の効果が切れていなくてな」
「……出力、強かったか?」
追跡者への尋問はまだ始まっていなく、ジークは頭をかくと腰のホルダから冷気の魔導銃を抜き取り、出力を小さくする。
「それで明日の事も考えると尋問には時間がかけられないのでな。ジークに栄養剤を貰いに来たのだ」
「ラース様、何を仰っているのですか? あんなものを飲んではいけません」
「アノス、勘違いするな。あんなものをワシは飲む気などない。ただ、ソーマと言う冒険者から、自白剤代わりに使うには有効だと聞いているから、使用しようと思っただけだ」
ラースの目的はジークの栄養剤であり、それを聞いた瞬間にアノスは全力で思い直すように言う。
アノスの様子にラースは彼があの栄養剤の破壊力を知っている事を知っている事を理解したようでうんうんと頷く。
「……何度も言うけど、栄養剤だからな。まったく、最近はおかしな事ばかりに使いやがって」
「仕方ないだろう。別の用途の方が使い勝手が良いのだからな。小僧、お主は先に休んでいたのだから、見張りを交代してくれ。アノス、お前は少し休め」
ジークは納得が行かない表情をしながらも、栄養剤を取り出す。
ラースは栄養剤を受け取ると2人に指示を出し、自分は追跡者達を捕らえたテントに戻って行く。