第648話
「……本当にこんなところで休むのか?」
「何よ? 文句あるの?」
「フィーナ、遊んでないで手伝えよ。このままだといつ終わるかわからない」
森の中に入り、魔族達の集落があると噂される場所まで歩く。
距離的には1日では到着する距離でもないため、森の中で野営をする予定になっていたのだが、名家の子息でもあるアノスは信じられないと言いたげに眉間にしわを寄せた。
フィーナは先ほどの剣の事や元々、アノスに良い印象も持っていない事もあり、文句を言うだけで手も動かさない彼を睨みつけるが、手が動いていないのはアノスだけではなく他にも野営準備になれていない者が多くテント作りは一向に進んでいない。
そんななか、ジークは持ってきたテントの準備を終えたようで一息つこうとするが、一向に進まない兵士達が見ていられなくなったようでフィーナに声をかけた。
「えー、こう言うのって、男の仕事でしょ? これだけいるんだから、私がテントを立てる理由がないわ」
「これだけいても進んでないんだから、仕方ないだろ。現実見ろよ。こっちを手伝わないなら、文句だけ言ってないで、ノエルとフィアナと一緒に飯の準備をしててくれよ。人数だって多いんだから、やれる事からやってかないと何も進まないぞ」
「……この女が食事の準備を? 食えるものができるのか?」
フィーナは頬を膨らませるがジークは無駄な時間を費やしたくないようであり、何かしててくれと頼む。
アノスは2人の会話にフィーナがまともな食事を作れるとは思えないようで眉間にしわを寄せるとアノスの態度に彼女のこめかみにはぴくぴくと青筋が浮かび出す。
「言いたい事はわかる。それでも、以前に比べたら、できるようになったんだ。信じがたい事だけどな。今は食えるものができる」
「信じられんな」
「……おっさん、レギアス様、私はあの2人をブッ飛ばしても問題ないわよね?」
ジークはまったく料理のできなかった時のフィーナを知っているため、苦笑いを浮かべるがアノスはフィーナが料理をできる事などあり得ないと全否定をする。
フィーナは2人の会話に何とか怒りを抑えようとしながらも、抑えられないのか大義名分が欲しいようでそばでテントの準備をしているラースとレギアスに声をかけた。
「小娘、面倒事を増やすな。バカにされていると思うなら、その認識を改めさせれば良い」
「そうだな。食事の準備を頼めるかな? 今回は兵や騎士達の訓練も一緒にやるようだからな。野営の準備などは男手でやった方が良いだろう。それにせっかく、かわいい娘達が同行しているのだから、そちらの方が若い者も喜ぶだろう」
「仕方ないわね」
ラースは彼女の意見を一蹴するがレギアスはフィーナをおだてるように言う。
レギアスに言われてフィーナは気分を良くしたようでノエルとフィアナのとこに歩いて行き、ジークは彼女の背中を見て小さくため息を吐いた。
「ジーク、もう少し、フィーナの事を気づかってやってはどうだ?」
「あー、昔からなんで、どうも、そう言うのは難しいですね。それより、おっさんとレギアス様は手馴れてますね」
「当然だ。ワシの若い頃は遠征で野営など日常茶飯事だったからな。この辺は街道整備も遅れていたからな。昔は野盗だ。魔獣だと忙しかった。それなのに、まったく、今の若い者はこれくらいもできないとはな。レギアス、お主は領地運営に関しては有能だがもう少しワームの兵士を鍛えておいても良かったのではないか?」
レギアスはジークとフィーナの距離感にもう少しフィーナを気づかうように言う。
ジークは難しいと言いたいのか苦笑いを浮かべるとこの話はここで止めたいようで先頭に立ってテントを立てている2人の様子に首を捻った。
ラースは自分の若い頃は大変だったと言うとワームの兵士の訓練が足りないとレギアスに絡み始め、レギアスはラースに絡まれる事にも慣れているのか、適当に言葉を受け流しながらテントを立てて行く。
「……年よりの若い頃の話は長そうだな」
「確かにな……」
「おっさんも言ってたし、覚えておけよ。部隊長とかになったら、下の人間ができなかったら教えないといけないんだろ?」
2人の様子にジークはこちらに飛び火しても面倒なため、四苦八苦しながらテントを立てている兵士達の元に歩き出す。
アノスはここに残っているとラースとレギアスに捕まると思ったようで逃げ出そうとジークの後を付いて行き、ジークは彼の様子に苦笑いを浮かべるとやってみるかとテントを指差した。
「……」
「まぁ、覚える気がないなら、別にかまわないけど自分でおっさんのところで学ぶ事を選んだなら、いつ、こんな状況になるかわからないぞ。隊長自ら、テント張ってるんだからな」
「……何を企んでいる?」
アノスはジークが自分に良い印象を持っていないと思っているためか、魂胆を探ろうとしているようで睨み付けるようにジークへと視線を移す。
彼の視線にジークは小さくため息を吐くとラースの下で何を覚えたいのか考え直せと言い、テント作りを手伝い始める。
アノスはジークの言葉が嘘か本当か見極められない事に苛立ってきたいるようで怪訝そうな表情で聞く。
「企むって、テント張るだけでなんで疑われないといけないんだよ。俺はさっさと準備を終わらせて休みたいだけだ。おっさんが選んできた兵士とは言え、見る限り、使えるのと使えないのは半々って感じだからな。今回の選別は経験をつませる意味もあるんだろ? ここで優位に立ってないと舐められるぞ。それだとワームにいる間は都合が悪いだろ?」
「それは……」
「それに裏を疑うなら、俺じゃなくてフィーナを疑え、飯に変なものを入れられてなければ良いけどな。後は俺と違って、あいつはテント張り1つできないとこれでもかってくらいにバカにするぞ」
疑われるような事はまったくしていないため、心外だと言いたげに大きく肩を落とすジーク。
ルッケルで騒ぎを起こした事で王都の騎士達やワームの兵士達からも自分がバカにされている気がしているようでアノスは表情をしかめた。
その様子にジークは苦笑いを浮かべると夕飯の準備に移ったフィーナを指差し、悪役を彼女のにすべて押し付け、アノスはフィーナにバカにされるのはプライドが許さないようであり、ジークの手元を覗き込む。
彼の行動にジークはやる気になったと判断したようでテント張りの説明を始めるとアノスだけではなく、他の兵達も集まり始める。