第646話
「……」
「あのな。文句を言いたいのはこっちなんだからな……確か、この辺だったよな?」
宿場町に入りはしたものの、アノスは無理やり引っ張られた事に気を悪くしているようで不機嫌そうにしている。
彼の様子にジークはため息を吐くも、言っても無駄だと言う思いもあるのか以前に宿を取った冒険者の店を探す。
宿場町はさほど広くないため、すぐに見つかり、ジークはアノスを伴って店のドアを開ける。
まだ日は高いのだが冒険者の店のホールはすでに酒を煽っている冒険者で溢れかえって降り、店の中は酒臭く、アノスは顔をしかめた。
「……こんな時間からバカ騒ぎか?」
「そう言うな。こうやって、騒げるって事は平和な証だ。」
「平和と言っても形だけかも知れないがな」
アノスは冒険者を見ながら、吐き捨てるように言うとジークは苦笑いを浮かべてカウンター席に移動するように促す。
アノスはまだ文句を言い足りないようだが、ここで立っていても仕方ないと思ったようでジークの後に続く。
『……いらっしゃい』
「えーと、適当に頼んで良いか?」
「ああ」
カウンター席に座ると不愛想な店主が2人を出迎える。
ジークはただで情報を貰うのはルールに反するため、2人分の飲み物を頼むがアノスは意味がわからないようで早く本題に入れとあごでジークに命令を出す。
その様子にジークは慣れてきたのか特に気にする事はなく、ホールにいる冒険者へと視線を向けた。
『……何を探している?』
「ちょっとな……なあ、最近、この辺にまた魔族が出るって噂を聞いたんだけど」
『……ああ、お前はこの間も来ていたな。魔族に恨みでもあるのか?』
店主は2人の前に飲み物を置くとジークが何を探しているか聞く。
ジークは少し悩んだようなそぶりをするとワームから魔族の偵察部隊が出る事など知らないと良い感じで魔族の噂について情報はないかと尋ねる。
店主はジークの顔に見覚えがあったようで怪訝そうな表情で言う。
「……」
「別に恨みなんてないけどな。金になるだろ?」
『違いない。ただ、今回は止めておいた方が良い』
アノスは店主がジークの顔に見覚えが会った事に疑問を覚えたようだが、今は口出しする時ではないと思ったようで言葉を飲み込む。
ジークは模範解答と言った感じで魔族を追うのは人族の冒険者なら当然だと笑う。
店主は小さく頷くが今回の騒ぎにはあまり良しとしていないようで首を横に振った。
「……何かあるのか?」
『ワームの領主が兵を出すらしい。自己顕示欲が強い男だからな。手柄を横取りすると恨みを買うぞ。この辺だとワームは冒険者が集まる拠点だ。敵に回すのは止めておいた方が良い』
「……そうか? そう言う噂が出ているなら冒険者は今回の噂には乗ってないって感じか?」
店主に止めた理由を追及するアノスだが、店主が気にしているのはシュミットの同行であり、シュミットの変化を間近で見ていない者にとってシュミットは気難しい領主のようである。
店主のシュミットへの認識にジークは笑いをかみ殺すとこの店に集まっている冒険者達の動きを聞く。
『そうだな……実際はこの間もこの辺の森も探索したやつらも特に何も見つからなかったと言っていたからな。噂は信憑性もなさそうだからな。お前達もこの間、森は探したんだろ?』
「確かにあの時も魔族なんか1人も見かけなかったからな。信憑性はなさそうだな」
店主は魔族が出ていると言う噂は噂の域を脱していないと言い、ジークはつまらないと言いたげにため息を吐いた。
ジークの様子に店主はこれ以上、渡せる情報はないと思ったようで自分の仕事に戻って行く。
「……貴様、何か隠している情報があるな」
「ないとは言ってないな。まぁ、聞かれなかったし」
「貴様、逃げるのか?」
店主が離れるの確認するとアノスはジークが以前に魔族の集落があると言われている森に入ったと言う事実にジークへと追及するような視線を向けた。
ジークは苦笑いを浮かべるとカウンターに2人分の飲み物の代金に情報量を水増しした金額を置き、立ち上がる。
その行動にアノスはジークが逃げるつもりだと思ったようで彼の腕をつかんだ。
「……ここで話す事でもないだろ?」
「ちっ」
ジークは声量を落として言う。
その声にはアノスに何かを伝えようする意思が込められており、アノスは何かを感じ取ったようでホールの冒険者達へと視線を向けると数名の冒険者がジークとアノスの様子をうかがっている事に気が付く。
自分の気が付いていなかった事にジークは気が付いていた事への苛立ちなのかアノスは舌打ちをすると残っていた飲み物を一気に飲み干した後、勢いよく立ち上がる。
そんな彼の隣でジークは店主に礼を言うと店を出て行こうとし、アノスはすぐにジークの後を追いかけて行く。
「……付いてきているな」
「みたいだな。剣なんて抜くなよ。後々が面倒だから」
「……貴様は背後から切られろと言いたいのか?」
2人が店を出てしばらく歩くと背中越しに一定の距離を保ち、2人をつけている気配がする。
アノスは忌々しいと思っているようで剣を抜いてしまおうかと柄に手を置くがジークはあまり気にしている様子もなく、森の前まで戻ろうと言う。
しかし、アノスはジークの考えを良しとしないようであり、すぐにでも追跡者達を切り伏せてしまいたいようである。
「そう言うわけじゃないけどな。と言うか、あの程度の人間に切られるほどへぼいのか?」
「貴様、私をバカにするつもりか?」
「そんなつもりはないから、いちいち、人の言葉に腹を立てていたら疲れないか? 誰にだって得手不得手があるんだから、そこまで腹立てる事でもないだろ」
ジークはアノスに落ち着くように言うが、アノスはその言葉を侮辱していると受け止めたようでジークへと敵意の混じった視線を向けた。
彼の様子にジークは大きく肩を落とすと興味本位なのか疲れないかと聞く。
アノスは彼が何を言いたいのか理解できていないのか怪訝そうな表情をすると彼の様子にジークは苦笑いを浮かべる。
「一先ずはあんなに気配が駄々漏れで後をつけてくるような奴らの実力なんかたかが知れてる。相手から仕掛けてくれば別だけど、こんな場所で騒ぎを起こすより、森に入ってからの方が人目につかないだろ?」
「……貴様、外道だな」
「悪かったな。俺は騎士でもないんで変なプライドより、自分や大切な人が生き残る方法を探すよ」
ジークは宿場町で騒ぎを起こす利点はないと言うとアノスは納得ができたようで小さく頷く。
それでもジークを卑怯者だと言いたいようで見下すような視線を向けるがジークが気にする事はない。