第645話
「……やっぱり、こうなったわ」
「……レギアス、今回は大丈夫だと言っていたのは何だったのだ?」
ゴブリン族とリザードマン族の集落のある森の前に到着したのだが、ノエルだけではなくレギアスまでも具合悪そうにしており、フィーナは自分の予想が当たった事に大きく肩を落とした。
馬車から出てきたレギアスの様子にラースは眉間にしわを寄せるが、レギアスから言葉は返ってこない。
ラースは兵士に指示を出し、ノエルとレギアスに水を渡すのだが兵士達も馬での移動に慣れない者もまぎれていたようで足元がおぼついていない者もちらほらと見える。
「すぐに出発は無理そうだな……おっさん、ちょっと、宿場町に行ってきて良いか?」
「宿場町にか? 何か足りない物でもあったか?」
「いや、そう言うわけじゃないけど……爺さんの手のやつが先に待ち構えていたら、宿場町に寄ってないかな? と思ってな。情報の1つでも拾えれば良いかなと思ってさ。騎士や兵士が行くより、身軽な俺の方が良いだろ?」
ジークはすぐに出発は無理だと判断すると近くに見える宿場町を指差す。
首を捻るラースにジークは彼の耳元に近づくと情報収集に行きたいと言う。
ラースはその言葉に確かに一理あると思ったようだが、今の状況でジークを動き回らせるのは良策か判断できないようで両手を胸の前で組み、首を捻った。
「……1人で行かせるわけにはいかんぞ。小娘とフィアナは動けるだろうが、ノエルは無理であろう?」
「そうだな……どうするかな?」
ラースはしばらく考えた後、許可を出しても良いと思ったようだが他に誰か連れて行くように言う。
ジークはノエルへと視線を向けるが彼女はぐったりとしており、彼女のそばを離れると魔導機器の効果が切れてしまうため、どうするかと頭をかいた。
「ジーク、宿場町に行ってくるの?」
「ああ、フィーナ、ちょっと、ノエルを見ててくれるか? フィアナ、レギアス様の事を頼む」
「そうね。そうするわ。ノエル、横になってなさい。おっさん、まだ出発できないなら、馬車の中で休ませてても良いわね」
ジークとラースの話にフィーナが口を挟む。
ジークは彼女の肩を叩くとフィーナはジークの言いたい事を理解すると他の人間にノエルの角を見せるわけにいかないため、彼女を馬車の中に戻す。
フィアナはジークに言われて素直に頷くがこれでワームの兵士以外の人間はジーク以外持ち場が決まってしまう。
「……小僧、1人で行かせるわけにはいかないと言わなかったか?」
「いや、1人の方が動きやすいし、それにレギアス様の世話とか兵士にもさせるのは難しいだろ。アズさんのところの兵士達ならできると思うけど、おっさんが鍛えた兵士はそう言うのには慣れてなさそうだから」
「うむ。それはそうかも知れんが……アノス、お前がジークに同行しろ」
ラースは眉間にしわを寄せるが、ジークは1人の方が身軽だと言うと1人で宿場町へと足を向ける。
しかし、1人で行かせるのは不安のようでラースはアノスにジークに同行するように指示を出す。
その指示にアノスの表情は小さく歪むが自分からラースの下で学びたいと言った事もあり、その指示に頷いた。
「いや、イオリア家の騎士様が付いてきたら、見つかるだろ?」
「騎士鎧と騎士剣は置いて行かせる」
「だからと言っても……」
ジークはアノスと2人と言う事に承諾できないと言いたいのか彼の家名を口にするとラースは騎士の正装では目立つため、着替えるように言う。
アノスがラースの師事に素直に従うと思えないのかジークは頭をかきながら、アノスへと視線を向けると彼は近くにいた兵士に声をかけ騎士鎧を脱ぐ手伝いを頼んでいる。
「……このままだと流石に無防備か?」
「だろうな。フィーナ、悪いんだけど剣を貸してくれ」
「剣? どうするのよ? 別に良いけど」
兵士達の持っている剣や鎧はワームの兵だとわかるように装飾がしており、アノスは手ぶらである。
近場とは言え、何が起きるかはわからず、身を守る方法がないのは困るため、ジークはノエルとともに馬車に入ったフィーナを呼ぶ。
フィーナは馬車から顔を出すと話が聞こえていなかったため、首を捻っているが特に何も考えていないようで鞘ごとジークに向かって放り投げる。
「ほら、何もないよりはマシだろ?」
「そうだな……おい。どうして、こんな物をお前のような者が所持しているのだ?」
「何よ? 私の剣に文句でもあるの?」
器用に剣の鞘をつかんだジークはアノスに剣を渡す。
アノスは受け取った剣を見定めようと思ったようで鞘から剣を抜くとその赤い刀身の輝きにフィーナがこの剣を持っているのにふさわしくないと思ったのようで彼女を睨み付ける。
フィーナはその視線にケンカを売られていると思ったようでアノスを睨み返し、2人の間には無駄な火花が飛び散り出す。
「……行くぞ。フィーナ、ノエルの事は任せるぞ。あまり遊んでいる時間もないんだ。早くしろ」
「な、何をする? 放せ!!」
「ああ言う強引なところはルミナにそっくりだな」
このままでは無駄な争いが始まると思ったようでジークはため息を吐くとアノスの首根っこをつかみ、歩き出す。
身体が突然引っ張られた事にアノスは驚きの声を上げるが、ジークは気にする事無く先を進んで行き、ラースは記憶にあるジークの母親ルミナと重なるようで小さく表情をほころばせる。
「……ねえ。おっさん、なんで私はあいつに睨みつけられないといけないのよ?」
「うむ。小娘の持つ剣はかなりの良い物だからな。剣を使う者なら気になるだろう。あれはどこで手に入れた物だ?」
「知らないわよ。あのクズが持ってきたんだから、どこで手に入れたかも知らないわよ。どこからか盗んできた物じゃなければ良いけど」
ジークとアノスの背中を眺めながら、フィーナはアノスの目が気に入らなかったようでラースに文句を言う。
彼女の様子にラースは苦笑いを浮かべるとアノスを責めないように笑うとフィーナに剣を手に入れた経緯を聞く。
フィーナ自身、カインからルッケルでポイズンリザードを倒した報酬として貰ったもののため、首を横に振ると馬車の中に戻る。