第644話
「レギアス様は大丈夫なの?」
「大丈夫と言うのは酔うかと言う事か?」
「それもあるけど、かなり歩くでしょ? 体力は大丈夫?」
無事に準備を終え、ワームを出発する。
レギアスが居る事もあり、馬車のスピードは遅いのだが街道整備が進んでいるため、揺れは小さい。
しかし、ノエルはすでに顔色が悪く、フィーナは苦笑いを浮かべると馬車に同席しているレギアスへと視線を向ける。
レギアスはノエルを気づかっているジークを見ていたようだが、1つ咳をした後、フィーナの質問に聞き返した。
フィーナは馬車に酔うかも心配だが、領地運営にかかわっている事であまり外に出ないと思っていたようで彼の体力を心配しているようである。
「体力に関して言えば心配はない。薬草作りもしているからな。それなりに体力はある」
「そう? ……まぁ、ダメだったらおっさんに任せれば良いわね」
「あの、レギアス様、関して言えばと言うのが少し気になるんですけど」
レギアスは任せろと言いたいのか胸を張るが、フィーナは農作業とは違うと思ったようで万が一の時はラースに丸投げしようと誓う。
フィーナとレギアスの話を聞いていたのかフィアナは遠慮がちに手を上げるとレギアスの表情は小さく歪む。
「……レギアス様、馬車苦手? 街道整備に力を入れてる理由って馬車に酔うから?」
「いや、ノエルほどではないぞ」
「街道整備は旅をする人や商人さんの役に立っていますし、良い事ですよ」
レギアスの表情の変化にフィーナはなぜ、彼が街道整備に力を入れているか理解したようで眉間にしわを寄せた。
フィアナは民衆の生活に役立っているため、彼をフォローしようとするが微妙に顔は引きつっているように見える。
「そ、そうですよね。馬車は苦手でもおかしくなんてありませんよね!!」
「……ノエル、落ち着け。レギアス様は苦手だってわかってるなら、対策してきたんだよな?」
「ああ、自分に適した酔い止めを調合してあるからな」
瀕死だったはずのノエルはレギアスと言う仲間を得た事で強気になったようで声を張り上げるがその瞬間に胃の中から何かが込み上げてきたようで両手で口を押える。
ジークは彼女をイスに戻すとレギアスの体調を心配しているのか、彼の調子を聞く。
レギアスは大きく頷くと自分用に調合した酔い止めの薬を懐から出して見せ、ジークにどのように調合したか説明し始める。
その調合方法はレギアス独自のもののようでジークは調合の幅を広げようと思っているのか真剣な表情で話を聞いており、その姿は先日のぎこちなさはなったくない。
「……絶対にもう少ししたら酔うわ」
「そ、そんな事はないと思いますよ」
「どうかした?」
フィーナは2人の様子を眺めながらも、レギアスがノエルのように馬車に酔うとしか思えないようで眉間にしわを寄せており、フィアナは苦笑いを浮かべるが不意に表情が曇る。
フィーナの目はその瞬間を見逃さず、何かあったかと聞く。
その問いかけにフィアナは気まずそうに苦笑いを浮かべるとなんでもないと言いたいようで首を横に振った。
「ふーん……魔族が怖い?」
「それは……はい」
「それもそうよね」
フィーナは少し考えるようなそぶりをした後、すぐに答えに行きついたようでフィアナに魔族と向き合うのが怖いかと聞く。
フィアナはノエルがドレイクである事を知らない事もあり、一般的に知られている通り魔族は人族の敵と思い込んでいるようでこくんと小さく頷いた。
フィーナ自身、ノエルと出会う前までは同じ考えを持っていたため、困ったように笑う。
「……冒険者になったんですから、いつか魔族と戦うかも知れないとは思ってましたけどこんなに早くその時が来るなんて思っていませんでしたから」
「別に戦うって決まったわけじゃないでしょ。私達は話し合いに行くんだから」
「そ、そうは聞いていますけど、魔族が相手ですよ。私みたいな鈍いのはすぐに捕まって食べられちゃいます」
フィーナの表情にフィアナは彼女も自分と同じ不安を持っていると思ったようでぽつぽつと不安を漏らし始める。
ゴブリン族の代表であるギドと打ち合わせが終わっている事をフィアナに話せない事に心苦しく思いながらも、口に出す事はできないため、話し合いに行く事を強調するが、すでにフィアナの頭の中では魔族と戦い捕らえられる事しか想像できないようで顔を真っ青にして言う。
「食べないわよ」
「どうして、そんな事を言えるんですか!!」
「魔族が本当に人族を食べるなら、こんなに近くに集落があったんだから、人族に被害があるだろ。今までそんな話だってなかったんだ。魔族が人族を食べるって話も事実かわからないな」
フィーナは少なくとも自分の知り合いの魔族が人族の肉を食べる事はないため、小さく肩を落とす。
フィアナはその言葉に不安をぶつけるとジークは心配するなと言って彼女の肩を叩き笑う。
「それは……」
「フィアナは魔族を怖がってるけど、俺は人族の方が怖いよ。くだらない野心で家族すら殺そうとするんだからな」
「ジーク」
ジークの言葉は事実であり、フィアナは今まで人族と魔族のぶつかり合いがなかった事もあり、言葉を飲み込むがその身体は小さく震えている。
彼女の様子にジークは頭をかくと自分の不安を口に出す。
その言葉は先日知ったばかりとは言え、伯父と祖父の確執で争いが起こりそうだと言う事への戸惑いであり、付き合いの長いフィーナには彼の心内が理解できるようで小さく表情を歪ませた。
「……ジークさん」
「……」
フィアナもジークとレギアスの関係を知っている1人であり、彼の不安が理解できたようで彼の名を呼ぶ。
甥であるジークの言葉にレギアスは何もできなかった自分を恥じているのか小さな声で謝ろうとするが、ジークは表情を和らげ首を横に振った。
その様子からジークにレギアスを責める気などさらさらない事はすぐにわかり、レギアスは言葉を飲み込む。
「とりあえずは爺さんを止める方法はカインに丸投げする事にするとして、俺達は目先の事からやってくか?」
「そうね。あいつの狡い頭はそのためにあるんだからね」
「……もう少し精力的に何かしましょうよ」
ジークはにやりと笑うと面倒事はカイン任せだと言い、フィーナも大きく頷いた。
2人の様子にフィアナは力なく笑うがその様子からはすでに不安は拭えたようであり、身体の震えは止まっている。