第643話
「みなさん、今日はよろしくお願いします」
「フィアナ? よろしくお願いしますってどう言う事?」
冒険者の店を出て、準備をしていた場所に戻るとシュミットはすぐに準備に戻り、取り残されたジーク達は居場所が見つからずに作業を眺めているとジーク達を呼ぶ声がした。
3人が声をした方へと視線を向けると旅支度をしたフィアナが大きく手を振っており、彼女の隣には不機嫌そうな顔をしたアノスが立っている。
フィアナが偵察部隊に同行するなど聞いておらず、フィーナは首を捻った。
「……最悪の時に魔法を使える人間がいないと対処できない事もあるだろうからな。シュミット様が依頼を出したんだ」
「そうなんですか?」
「はい。シュミット様には村の事でお世話になっていますから、私にできる事は協力したいと思いまして」
アノスは兵士達だけで任務を遂行できると思っているようであり、フィアナは邪魔だと言いたげである。
しかし、ノエルとフィアナには彼の嫌味など耳に入っておらず、2人の間には緩い空気が流れ出し、シュミットは表情をしかめた。
「まぁ、気にするな。だけど、シュミット様も良くフィアナを指名したな……森の中に入るんだぞ。体力とかいろいろと心配だろ?」
「……ノエルもいるしね」
「先日のシギル村での協力の件でその時に優秀な魔術師として判断されたと言う事だ。転移魔法を使用できる魔術師は希少らしいからな」
彼の様子にジークは苦笑いを浮かべるとアノスの肩を叩く。
自分達だけなら転移魔法で簡単に集落へと移動できるのだが兵士達との連携もあるため、移動手段は限られてくる。
兵士達は森の入り口まで馬を使用するのだが、ノエルとフィアナが馬になど乗れると思えず、フィーナは最初から問題だらけだと言いたいのか大きく肩を落とす。
アノスは不機嫌そうに眉間にしわを寄せると納得はできていないようで舌打ちをする。
「もう少し表情に出さないようにならないか?」
「良いんじゃない。わかりやすいし……何よ?」
「……いや、俺が知っている今回のメンバーは感情優先の人間ばかりだから、レインをこっちに回して欲しかったなと思って」
アノスは民をまだ格下と思っているところが見え、ジークは大きく肩を落とす。
フィーナはアノスを御しやすいと考えているようでそのままで良いと言うが、途中でジークの視線が自分に向けられている事に気づく。
ジークは何かあった時に本当に冷静な対処ができると思えないようであり、愚痴を漏らしてしまう。
「貴様、私がレイン=ファクトに劣っているとでも言うのか!!」
「……誰もそうとは言ってない。カインが前に同じようなタイプの人間ばかりよりは違うタイプの人間が集まった方が上手く回るような事を言ってたのを思いだしただけだ。ただ、俺はお互いの意見を尊重できるような信頼関係がないと無理だとは思うけどな。今のままじゃ、劣っているかどうかは判断できない。それに劣ってないってところを見せてくれるんだろう?」
「当然だ」
アノスはジークの愚痴に自分がバカにされたと思ったようで彼の胸ぐらをつかむ。
ジークは以前、カインが話していた事を思いだしたようで頭をかいた後、アノスの手を放させると挑発するように笑う。
ここでジークを殴り飛ばしでもすれば彼にレインより下と言う烙印を押されるとアノスは判断したようで忌々しそうに言った後、ジーク達の相手をしているヒマなどないと言いたげにこの場から離れて行く。
「あんたはなんで怒らせてるのよ?」
「そんなつもりはないんだけどな……それより、馬車か馬かはわからないけど、無事に到着できるのか?」
「一先ずは目撃情報がある森の前までは馬車は出す。ノエルやフィアナは馬には乗れないだろうからな」
遠ざかって行くアノスの背中にフィーナはため息を吐く。
ジークはノエルとフィアナが移動についてこられるかが心配だとため息を吐いた。
その時、ラースがジークとフィーナに声をかける。
「おっさん、準備は良いのか?」
「うむ。もうワシがやる事はないようでな。レギアスやカルディナに小僧どもの相手をしていてくれと言われたんだ」
「……邪魔になって追い出されたわね」
シュミットやレギアスは忙しく働いているなか、ラースが自分達に声をかける理由はなく、ジークはラースに何しに来たかと聞く。
ラースはヒマを貰ったらしいのだが、理由がわからないようで首を捻り始める。
フィーナはラースに自分と同じものを感じ取ったようで彼が戦力外通知を受けたと理解したようで小さな声でつぶやいた。
その声はジークの耳にもしっかりと届いており、ジークは苦笑いを浮かべている。
「目撃情報があった森は1つ行った宿場町が1番近いんだろ? 1泊するのか?」
「いや、そのまま森を進む。慣れない者もいるから強硬手段となってしまうのは悪いと思うがあまり時間もかけていられないからな」
「そうだな。かけてる時間はないよな」
初めてゴブリン達の集落を訪れた時の道のりを覚えているのかジークはノエルの体調もあり、馬車移動後にふらふらになっているであろう彼女の姿を思い浮かべる。
ノエルが馬車を苦手としているのはラースも知っており、申し訳なさそうに表情をしかめるとギムレットの謀略の事を聞いているため、時間はないと小さく肩を落とす。
「まぁ、体力自慢がいるし、その時はノエルもフィアナも運んで貰えるでしょ」
「ノエルの方は運ぶのは小僧だろうから、荷物くらいは運んでやろう」
「……わかってるよ。ノエルは俺が運ぶよ」
兵士達なら体力があるため、ノエルとフィアナを運んで貰えると言うフィーナだが、ラースはノエルを運ぶのはジークの仕事だと笑う。
ジークも彼女であるノエルを他の男に運ばせるわけにはいかないと思っており、大きく頷いた。
「……なんかムカつくわ」
「小娘、羨ましいのなら、騎士の若い者を紹介するが?」
「遠慮するわ。だいたい、こっちに話を持ってくる前に自分の娘に話を持って行きなさいよ。私は自分で相手くらい探せるわ」
フィーナはジークの様子にたまにイラッとするようで舌打ちをする。
そんな彼女の様子にラースはニヤニヤと笑うがフィーナは自分の相手くらい自分で探すときっぱりを言うとこれ以上、この話題は話したくないようでノエルとフィアナの元に歩き出して行く。