第636話
「何を言いたいかはわからないな」
「……わかった。そういう事にしておく」
首を横に振るシュミットだが、ジークは彼の表情から、自分達の理想の話をシュミットはエルトから聞かされたと確信したのか表情を和らげる。
「あ、あの、ジークさん、シュミット様?」
「フォルムに戻ってからな。ゴブリン語とリザードマン語の実践か? とりあえず、命乞いからだな」
「……情けない言い方ですわね」
ジークとシュミットの間に流れる空気を読み切れないようでノエルは不安そうにジークの服を引っ張った。
彼女の様子にジークは苦笑いを浮かべると冗談めかすように命乞いは必須だと言い切り、カルディナは彼の様子に大きく肩を落とす。
「命乞いは必須だろ。俺は騎士でも国に雇われてる兵士でもないんだからな。殺されたくないし、殺したくない。情けないって言われてもここは譲る気はない」
「はい」
ジークはカルディナの言い分など聞く気はないと笑い、ノエルも同調するように大きく頷く。
「ねえ、おっさんと一緒に行くのは良いけどさ。あの、アノスとか言う奴も一緒?」
「アノス=イオリアか? 人選はラースに任せているから、誰が同行するかはわからないが、どうかしたのか?」
「だって、あいつって、使えないんでしょ?」
先日、ルッケルで騒ぎを起こしたアノスがラースの下で学ぶ事を志願した事を聞いているため、フィーナは怪訝そうな表情をしながら聞く。
シュミットはラースに一任しているため、首を横に振るとフィーナはアノスを使えないと言う。
「と言うか、俺はおっさんの指示の方が心配だ。話し合い有りの相手に突撃をかましたら、まとまる話もまとまらないぞ」
「確かに交渉役には合わなそうよね。交渉役ならおっさんより、レギアス様の方が良いんじゃないの? ジークが勝手に交渉して良いわけじゃないでしょ?」
「当然、レギアスにも同行をして貰う。交渉役としてな」
ジークはエルトの言うアノスの伸びしろを信じようと考えたようで、心配なのはラースと言い切り、フィーナは大きく頷くと交渉役にレギアスの名前を出した。
レギアスの名前が出た瞬間にジークの頬はぴくぴくと引きつり始め、その様子にシュミットは眉間にしわを寄せるが、必要な情報のため、覚悟をしておけと言いたいのかレギアスの同行を伝える。
「良し、この仕事はカインに押し付けよう。あいつは今の時点でどちらの言葉も使えそうだ」
「ダ、ダメですよ。カインさんは忙しいんですから、それにカインさんはリザードマンさんの言葉は話せません」
「忙しさなら、俺も負けてないぞ。それに俺の方は本当に伝わるかもわからないしな」
レギアスの名前に先ほどまで冷静になっていたはずのジークは逃げ腰になり、カインに押し付けると駄々をこね始める。
ノエルは彼の様子に慌てて、説得を試みるが口ではジークに叶うわけもない。
「……フィーナ」
「わかったわ」
ジークのなさけない姿にシュミットは小さくため息を吐くと目でフィーナに指示を出す。
フィーナはシュミットの言いたい事をすぐに理解したようでテーブルの上に残しておいた栄養剤を手に取ると再度、ジークの口の中に流し込む。
「ジ、ジークさん、戻ってきてください!?」
「……これが栄養剤と言うのが信じられませんわ」
ジークは口の中に広がった栄養剤のまずさに吐き出しそうになるが、フィーナは彼の口を押さえつけて無理やり、胃の中に流し込ませる。
それと同時にジークの意識は刈り取られ、彼は白目になり、同時に身体からは力が抜けた。
ノエルは気を失ったジークを見て、取り乱して彼の身体を揺するが反応はなく、カルディナは改めてジークの栄養剤の破壊力に顔を引きつらせる。
「一先ず、出立は準備もあるからな。3日後の朝とする。それまでにジークをいつも通りに戻しておいてくれるか?」
「……いつも通りも何も、レギアス様に会せれば終わるんじゃないの? くるのよね?」
「そうだが……レギアスにもいろいろと働いて貰っているからな。時間はいつになるかわからない」
レギアスの名前だけで動揺するジークの姿にシュミットは不安を覚えたようで眉間にしわを寄せた。
フィーナはジークを元に戻すのは早期のレギアスとの面会しかないと大きく肩を落とすがシュミットにも明確な時間がわからないようでため息を吐く。
「そう? ……まさか、レギアス様も逃げてるって事はないわよね?」
「さすがにないだろう。任せている仕事も一筋縄ではいかないものもあるからな。時間はまだかかるだろう」
「でも、この肝心な時にヘタレなところが血だった場合、考えられるわ」
フィーナは困ったとため息を吐いた後、1つの疑問が頭をよぎったようであり、眉間にしわを寄せてレギアスもジークと同様な状況に陥っていないかと聞く。
シュミットはレギアスを信頼しているため、彼女の言葉を否定するが、フィーナには確信めいたものが有るようで眉間のしわはさらに深くなった。
その時、書斎のドアをノックする音の後、使用人がレギアスとラースの来訪を告げ、2人が入室する。
「ずいぶんと早かったな。レギアスの報告ではかなり時間を有するとの事だったのだが」
「打ち合わせとの事ですから、ジーク達がいる時に行った方が良いと判断し、レギアスを連れてきました」
「……絶対に私の考えは正しいわ」
2人の来訪はシュミットが予想していたよりもかなり早く、シュミットは状況を確認するように聞く。
ラースは頭を下げると自分の判断だと言うとレギアスの身体を前に押すが、レギアスは小さく頷くだけであり、フィーナは自分の予想が正しかったと確信したようで大きく肩を落とした。
「……何があったのですか?」
「気にするな」
シュミットは2人にソファーに腰を下ろすように促すと2人は頷き、ソファーに腰を下ろすが彼らの目には縄で縛られて気を失っているジークと狼狽した様子でジークの身体を揺すっているノエルが映る。
意味がわからない状況に眉間にしわを寄せるラースとレギアスだ、シュミットは改めて、情報を共有するためにジーク達にどこまで伝えたかの説明を始めて行く。