第634話
「……お前達は普通に来れないのか?」
「す、すいません」
「仕方ないでしょ。こうでもしないと来なかったんだから」
カルディナの転移魔法でワームのシュミットの屋敷に移動する。
シュミットの書斎に案内されるとシュミットは縄で縛られ、猿ぐつわをかまされたジークを見て眉間にしわを寄せ、ノエルは深々と頭を下げた。
フィーナは呆れ顔のシュミットにフィーナはため息を吐くと領主であるシュミットの許可を得る事無く、ソファーに腰を下ろす。
「……まったく、お兄様と血が繋がってるとは思えませんわ」
「うっさいわね。それより、レギアス様はいないの?」
フィーナの態度の悪さにカルディナは彼女をバカにするように言うが、フィーナは気にする事無く、書斎の中を見回した。
書斎にはシュミットしかおらず、フィーナはジークとレギアスに話をさせる目的があったため、期待外れと言いたいのかため息を吐く。
「すまないな。レギアスやラースには任せている事もあるから、同席はしていない……これだけか? カイン=クロークの事だ。ついてくると思ったんだがな」
「は、はい。カインさんは最近、いろいろ有ったのでフォルムの仕事から手が離せないと言っていました」
「そうか。とりあえず、座ってくれ。後はそれを外してくれ」
シュミットはフィーナの態度には諦めがあるようで特に咎めるはないが、ワームに来たのがジーク、ノエル、フィーナの3人だった事に首を捻った。
カインは先日のシギル村での事件でフォルムを不在にした事もあり、フォルムの領地運営に少なからず影響が出ているようである。
シュミットはカインに負荷をかけていた事を充分に理解しているためか、小さく頷くとジークの猿ぐつわを外すように指示した後、ジーク、ノエル、カルディナの3人にソファーに座るように促す。
「……縄も外してくれないか?」
「外すと逃げるんだろう。それなら、レギアスが来るまではそれでいいだろう」
「……別に逃げない」
猿ぐつわから解放され、ソファーに座らされたジークはシュミットに助けを求める。
しかし、ジークの様子から、彼をワームまで連れてくる過程がどれだけ大変だったか容易に想像が付いたシュミットは首を横に振った後、ジーク達の向かい側のそわーに腰を下ろした。
ジークは逃げるわけないと首を横振るが、その目は泳いでおり、彼が逃げる気なのは簡単にわかる。
「……ノエル、フィーナ、絶対に縄を解くな」
「は、はい」
「わかってるわよ。ノエルだけついてこさせたら、絶対にジークが逃げると思ったから、わざわざ、ついてきたんだから、そんな事はしないわよ。まったくめんどくさいわ」
シュミットは呆れたようにため息を吐くとジークの両脇を固めているノエルとフィーナに釘を刺す。
ノエルは縄で縛られているのは可哀そうだと思っているようで、縄を外したいのかちらちらとジークを見ていたがシュミットに呼ばれて慌てて頷く。
フィーナはジーク逃亡阻止のために同行させられたようで面倒だと舌打ちをする。
「……それで何の用だ?」
「何の用だ? 逃亡を試みたんだ。すでに予想は付いているんだろう?」
「まったく、心当たりがないから、俺はフォルムに帰る」
ジークはシュミットに呼び出される理由などまったくないから、フォルムに帰ると主張するが、シュミットは首を横に振る。
「別にお前がレギアスの甥だから、何かをしろと言う気はない。立場などなく動ける人間が必要だろうからな」
「そうか。それなら、用件は終わりだな。俺は帰る」
「相当、余裕がないようだな」
シュミットはジークをレギアスの甥として報告するより、今までのように自由な身として手伝いをして欲しいと言う。
それは冒険者としての扱いとあまり変わらないのだが、今のジークはそんな事など気にしている余裕はないようで縄で縛られたまま、ソファーから立ち上がろうとする。
シュミットはいつもと違うジーク様子に彼の精神状態がおかしな方向に進んでいると理解したのか眉間にしわを寄せた。
「少し黙ってなさい」
「……躊躇がないな」
「こうでもしないとずっとこんな感じよ。それでジークに何の用? レギアス様の事だけじゃないんでしょ」
動きが制限されても逃亡を試みるジークの姿にフィーナはため息を吐くと躊躇する事無く、その拳をジークのみぞおちにねじ込む。
フィーナの拳はジークのみぞおちにキレイにはまり、彼の意識を刈り取る。ノエルは気を失ったジークを見て、慌てふためくがフィーナは気にする事はない。
その様子にシュミットの眉間のしわはさらに深くなって行くが、フィーナはジークが使い物にならないため、シュミットに本題に移るように言う。
「そうだな……」
「シュミット様、お言葉ですが今の状況で話をしても意味がないと思います」
「どういう事よ?」
シュミットは話だけでもしておこうと思ったようで小さく頷くと話し始めようとするが、カルディナはまともに話を聞いているのがフィーナしかいない事に無駄な事になると思ったようで首を横に振る。
カルディナの言葉はフィーナの気分を害したようで彼女は不機嫌そうな表情でカルディナを睨み付けた。
「そのままです。少なくともこの3人でまともに話を聞けるのはジークだけですわ。それがこの状況なのですから」
「それはそうなのだが、私もいつまでも時間があるわけでもないからな。まったく、こういう時にカイン=クロークがいないとここまでまとまらないのか? ……フィーナ、今日はジークがいつも持っている栄養剤はあるか?」
「……栄養剤? 持ってはいるだろうけどまさか飲む気?」
カルディナは悪びれる事無く、フィーナに話しても無駄だと言い切り、フィーナとカルディナの間には一触即発の空気が流れており、シュミットは何だかんだ言いながらも仲裁役をやってくれるカインの重要さに気が付いたようで大きく肩を落とすが何か思いついたようでフィーナに声をかける。
シュミットの口から出た言葉にフィーナの顔は一気に引きつった。
「2度と飲む気はない。ただ、気付けにも使うと言っていたからな」
「……そうね。他人に勧めるだけで飲んでるのは見た事ないわね」
「……それはとどめを刺す行為でしかないと思いますけど」
シュミットの言葉にフィーナは彼が何をする気かすぐに想像がついたようで口元を緩ませるとジークの荷物をあさり出す。
フィーナとシュミットの様子にカルディナは大きく肩を落とすが、特にジークをかばう気はないようで2人の好きにさせる気のようでフィーナを止める事はない。