第632話
「……なんで、ここに居る?」
「その言い方は酷いね。せっかく、私自ら事後報告に来たのに」
「ジーク、座りなよ。時間がないから」
アノス達新米騎士の暴走から数日が立った時、テッドの診療所からジークとノエルが帰るとエルトが2人を出迎える。
居間にはエルトだけではなく、またもストレスで落ちているカルディナが部屋の隅でクーを抱きしめており、ジークは眉間にしわを寄せるとエルトは不満そうに口を尖らせた。
屋敷にはカインとセスもおり、カインはエルトを長時間、フォルムに滞在させているより、用件を済ませて素早く王都に戻した方が良いと判断しているようで2人に席に着くように言う。
「事後報告と言う事はアノスさん達の処分が決まったと言う事ですか?」
「そう言う事」
「それは良いけど……なんで、カルディナ様はあんなに疲れてるんだ?」
ノエルは新米騎士達の処分が気になるようであり、席に着くとすぐに本題を聞く。
エルトは大きく頷くがジーク自身はあまり興味がないようで騎士達より、カルディナの方が気になるようで首を傾げた。
クーはカルディナから逃げ出したいようでジークに助けを求めるように声を上げている。
「いや、私は何も知らないよ」
「そう言う事にしておくか。クー、もう少し、カルディナ様の相手をしていてくれ」
「これもクーの試練だね。それじゃあ、話を戻そうかな?」
エルトは全く心当たりがないと首を横に振るが、その表情からはエルトが何かを隠している事は簡単に予測が付いた。
それだけではなく、カルディナがエルトを苦手としている事を知っているジークは小さくため息を吐く。
ジークは今の状態ではカルディナは話にも参加しないと思ったようで助けを求めているクーを見捨てカルディナの相手を押し付ける。
クーはジークに見捨てられたのがショックのようでさらに声を大きく助けを求めるがジークは首を横に振り、その姿にクーはがっくりとうなだれてしまう。
その様子にエルトは苦笑いを浮かべると本題に移ろうと表情を引き締めた。
「どうなったんだ? 騎士除名か?」
「とりあえずはそこまでの処分は出なかったよ。本人達は早急にルッケルの民の危険を取り除きたかったと言ってるし、反省もしているようだったからね」
「その反省が口先だけじゃなければ良いけどな」
アノスを含めた新米騎士達の処分は軽いものであり、ジークは口先だけの反省でなければ良いとため息を吐く。
「そうだね。そうならないように祈るよ」
「あの、エルト様、アノスさん達はそのままルッケルに滞在するんですか? 今回の騒ぎでアノスさん達はルッケルの人達から信頼を失っているでしょうし」
「元々、好き勝手やってたから信頼なんてないだろうけどな。それこそ、1から信頼を得られるように頑張るしかないだろ」
エルトは騎士達の成長を期待しているようで苦笑いを浮かべていると、ノエルは彼らが心配になったようで表情を曇らせる。
ジークは最初からルッケルの人達から新米騎士達は信頼を得ていたとは思えないようでどうでも良さそうに言う。
「そうだね。本来なら民達に触れて騎士が何たるかを学んで貰いたいんだけどね。そうもいかないのが実情だね」
「その言い方だと入れ替えか?」
「そうなるだろうね。元々、今回のメンバーは新米騎士達に任務を成功させたと言う実績を持たせるためだったんだから、何もしなければ良かったんだけど、それを理解できなかったみたいだから、勝手な事をしたと理解させるためにバラバラにしてそれなりに厳しい部隊に送られるんじゃないかな?」
エルトとしては今回の騒ぎを起こした騎士達の成長を促すためにルッケルに残したいと思っているが、信頼を失った部隊を残しておけないようで大きく肩を落とす
ジークは妥当だと言いたいのか大きく肩を落とすとカインは冷静に今回の騎士達の処分を予測して話す。
「厳しい部隊ですか?」
「魔獣が出る場所の警備や王都ならファクト隊と言ったところでしょうか」
「そうだね。まぁ、いろいろと横やりが入ってきてるから全員を飛ばすわけにはいかないだろうけどね」
厳しい部隊と聞き、表情をこわばらせるノエル。
セスはいくつか予想が付くようでつぶやくとエルトは全てが上手く行かないようで大きく肩を落とした。
「横やり?」
「新米騎士達は名家の子息が中心だからね。親がしゃしゃり出てくるんだよ。自分達の部隊や懇意にしている部隊に引き取らせるとか言ってね。そこで甘やかされると成長は見込めないからね」
「結局は上手くはいかないわけか。国を守る騎士がこれだといろいろと不安になるな」
首を捻るノエルにエルトは新米騎士だけではなく、騎士自体にも問題があると困ったように笑う。
ジークは納得が行かないものが有るのか乱暴に頭をかくと不安を吐露し、セスも同じことを思っているのか眉間にしわを寄せている。
「それでも、何人かは自分達の意志で親の元から離れて独り立ちしようとしているものもいるから、良しとしておこう」
「そんな奴らがいたのか?」
「何人かね。アノスもその1人だよ」
エルトは数名でも成長の見込みがある人間がいた事を嬉しく思っているようで表情を緩ませた。
ジークは信じられないようで眉間にしわを寄せるとエルトの口からはアノスの名前が出てくる。
「アノスが?」
「信じられないみたいだね」
「そりゃな。俺は鉱山の奥の遺跡に行く時にも同行したけど、正直、使えると思えなかったぞ。それに実戦経験がないなんてただの言い訳だろ」
ジークは疑いの視線をエルトに向け、エルトは小さく肩を落とした。
ジークにはジークでアノスを信じられない理由があり、アノスが本気で取り組むか信じられないと首を横に振る。
「私が見る限り、アノスは現イオリア家の当主よりは騎士としての資質はあると思うけどね。負けず嫌いだから、レインと比較されるのを嫌がるし、自分の方が上だってね。だから、自分で希望を出した。当主の指示に逆らいラースの下で1から学び直したい」
「……寄りにもよって、おっさんのところかよ? 変な事にならなければ良いな」
「とりあえず、アノスのやる気を信じようよ。何かあった時は連絡係もいるし」
アノスはワームにいるラースの下で学び直すと決めたようでエルトは彼の決意を喜ばしく思っているようである。
イオリア家とガートランド商会、ギムレットの繋がりがあるため、アノスがワームにいるのはあまり歓迎できないと思ったようでジークは眉間にしわを寄せた。
エルトはアノスを信じてみようと言うが、何かあった時にはジーク達に丸投げする気のようでジークの肩を叩く。
「……なんとなく、カルディナ様が疲れてる理由がわかった」
「そ、そうですね」
「まぁ、カルディナは今日、騎士隊を入れ替えるために王都とルッケル間を転移魔法で何往復もしてるからね。魔力も底を尽いてるだろうからね。と言う事で王都に送ってくれるかな? カルディナをワームに送るのも忘れずにね」
ジークとノエルはカルディナの疲労の理由がわかったようで眉間にしわを寄せる。
カルディナの疲労は転移魔法を使った事による精神疲労のようでエルトはジークに王都に送って欲しいと笑う。
その言葉にジークは面倒だと言いたげだがエルトをフォルムに置いておくわけにも行かないため、頷く。