第629話
「……やっぱり、騒ぎになってるな」
「そうだね。でも、まだ、ぶつかり合いにはなってないみたいだね。安心したよ」
坑道の先からは騎士団と魔術師学園の生徒達の争いの声が聞こえる。
耳に入る声にジークはため息を吐くとエルトは耳に入る声から、まだ、お互いに実力行使には移っていないのがわかったようでエルトは急ごうと先頭を歩くジークを促す。
「どけ!!」
「何を言っている。ここから先は魔術師学園の管轄だ。何もわからないものを破壊してしまおうと頭の悪い考えに至ったバカどもを通すわけがないだろ。通りたかったら、王からの命令書でも持ってこい。俺達は国から指令を受けてルッケルの件を調べてるんだからな。お前らの仕事は街に巨大ミミズが出てきた時の対処だろ。ここを押し通りたいなら、せめて、領主であるアズ殿からの許可を得て来い。俺達は国の指示でルッケルに起きている事を調査しているんだ。自分達の思い込みで国からの命令を無視するとは騎士団もずいぶんと程度が低くなったようだな」
ジーク達4人が魔術学園の研究者達が寝泊まりしている広い空間に到着した時、アノスの怒声が響く。
しかし、魔術師学園の研究者の1人が先頭に立ち、騎士団の圧力に屈する事無く彼らを追い払おうとしているだけではなく、彼らの自尊心を打ち砕くように言う。
「……まったく、引かないな」
「本当ですね」
一触即発の騎士団と魔術学園の研究者の様子にジークは大きく肩を落とすとノエルはどちらかが実力行使に出てしまうのではないかと心配しているのかそわそわとし始める。
『どけと言っているのがわからないか!! この平民が!!』
「ジーク」
「ヘイヘイ」
ノエルの心配は当たり、騎士の1人が鞘に収めている騎士剣の柄を握ると残りの騎士達も続くように騎士剣の柄へと手を伸ばし、次々と研究者達を罵倒して行く。
その様子から、騎士達が研究者達を切り伏せては困ると判断したエルトは剣を抜かせる前に止めたいようでジークの名を呼ぶとすでにジークは次の行動に移っている。
ジークは腰のホルダから冷気の魔導銃を引き抜くと素早く、騎士の1人を撃ち抜き、その場には氷漬けの騎士が出来上がった。
何が起きたかわからない騎士達は仲間を撃ち抜いたジークへと視線を向ける。
騎士のほとんどがジークの顔を覚えていないようであり、攻撃を仕掛けてきたジークに向かい、戦闘態勢を取り始めるなか、アノスだけが忌々しそうな視線でジークを睨み付けている。
「落ち着けよ。こんなところで暴れるなよ」
「……ジーク=フィリス、何の用だ? 用がないなら消えろ」
「お、名前を憶えてたか、騎士様は平民の顔なんか覚えていないと思ったんだけどな」
騎士達の視線にため息を吐くジーク。
彼の様子にその苛立ちを隠す事無く、アノスは目障りだと言い放つ。
ジークはわざとらしく驚いたような表情をするとアノスが騎士達のリーダーのようで騎士達の敵意は1段階引きあがった。
「ジークさん、どうして、あおるような言い方をするんですか?」
「別にそんなつもりもないけどな。それより、良いのかよ。あんた達が仕えるべき人間を連れてきてやったのにそんな態度をとっていて」
「そんな態度? なぜ、私がお前のような人間に頭を下げなければいけない」
ジークの背中に隠れるノエル。
彼女の様子にジークは苦笑いを浮かべた後、騎士達に状況をしっかりと確認するように言うが完全に頭に血が上っているようでエルトとライオの顔は目に映っていない。
「どうだい? 研究は進んでいるのかい?」
「……何しに来たんだ?」
「ライオ、友人達と交友を深めるのも大切だけど、今は他にやるべき事がないかな?」
ジークとアノス達騎士団の間に走る緊張感を気にする事無く、ライオは魔術学園の研究者達の前に移動する。
目の前の現れたライオの姿に研究者達は驚いたような表情をするものの、先頭に立っていた1人は邪魔だと言いたいのかライオを追い払うように手を振った。
しかし、ライオは気にする事無く、研究資料がないかうろちょろとし始め、エルトは好奇心旺盛な弟の姿に大きく肩を落とした。
「兄上、良いじゃないか。それに騎士団を説得するのにも研究の進捗状況を伝えるのは必要だと思うんだよ」
「ライオ様? 兄……エルト様? なぜ、こんな場所に?」
「アノスだったね。せっかく、騎士になった時のお祝いにも顔を出した私の顔を忘れるとはね。あんな失礼な人間と懇意にしているんだから、私の事などジークと一緒に見下しているのかな?」
ライオは研究の事が気になるようで苦笑いを浮かべる。
エルトとライオの会話を聞き、ジークと一緒にいるエルトと魔術学園の研究者達と一緒にいるライオの顔を交互に見て、アノスの顔は引きつって行く。
ライオはくすりと笑うとアノスを見下ろすように言う。
「……なんか性質が悪そうな絡み方だな」
「そんな事はないと思うけどね。それより、私と兄上をここまで警護してくれた人間に対していつまで剣を向けるつもりだ? それは私達に剣を向けると同様の意味があると捉えて良いわけだな」
鉱山内の薄明かりではすぐには顔を判別できないのかざわつき始める騎士達に対して、ライオは高圧的に問う。
王族である彼の怒りは騎士達を威圧するには充分であり、騎士達は慌てて握っていた鞘から手を放し、忠誠の態度を示すかのように膝を付く。
「まぁ、落ち着きなよ。話を聞きたいから、これでも飲んでくれるかい? 怪しいものじゃないよ。叔父上も愛用している栄養剤だから、長い道を歩いたから疲れただろ」
「あ、ありがとうございます。ぐっ!? エ、エルト様、何をしたんですか?」
エルトはジークから栄養剤を受け取ると騎士達に配る。
見なれない瓶に怪訝そうな表情をするが、エルトからの差し入れを断る事はできずに騎士達は瓶の蓋を上げて一気に栄養剤を飲み干す。
それと同時に騎士達の意識は一気に刈り取られて行き、騎士達は何とか耐えきったアノスと数名を除き、前のめりに倒れて行く。
耐えきった騎士達も何とか意識を繋ぎ止めているだけであり、身体を動かす事はできない。
「ライオ、魔術学園の研究者に協力して貰って、1度、騎士達を縛り付けるよ。話し合いにならないからね」
「……話し合いをする状況には見えないです」
騎士達の様子を見て苦笑いを浮かべるエルトはライオを通じて魔術学園の研究者に指示を出す。
縄で縛られ、地面に転がされて行く騎士達の様子にノエル1人が顔を引きつらせているが他の人間は気にする事はない。




