第628話
「……遠いね」
「もう少しだ」
かなりの時間、坑道内を進んでいると歩きなれていないライオは肩で息をしている。
彼の様子にジークは付いてくるのは止めた方が良いと思っていた事もあり、小さくため息を吐いた。
「まったく、魔術学園で研究職についているとは言え、ノエルに負けるなんて情けないね。もう少し、体力を付けないと後が大変だよ」
「……少し考えてみます」
ノエルも体力はないがジーク達と行動を共にする事で歩き方を覚えており、疲れは見えるがまだ余裕そうである。
ノエルとライオを交互に見て、エルトは苦笑いを浮かべるとライオはノエルに負けているのが情けないと思ったのか、素直に頷いた。
「いや、体力をつけないで良いぞ。こういう場所に出てくるな」
「……フィールドワークも研究者の仕事」
「そんな消え去りそうな声で言われてもな」
ジークはライオのお守をしたくないため、そのままでも良いと言う。
ライオは研究者としてやりたい事も多いようで絶対にジークの指示は聞かないと答えるが、その声は途切れ途切れであり、ジークは呆れたのか大きく肩を落とした。
「ジークさん、少し休みませんか? わたしも疲れましたし」
「……仕方ないか」
「そうだね。このまま進むのは無理そうだね。正直、私も歩きなれていない道だから、疲れていたんだよ」
ノエルはライオの様子から休憩が必要と判断したようで遠慮がちに手を上げる。
ジークは無理をさせて何かあっても困るため、ため息交じりで頷き、エルトはわざとらしく疲れていたと言い、手ごろな石の上に腰を下ろす。
「ジークさん、後、どれくらいですか?」
「……そうだな。あと半分くらいじゃないか? 時間を考えるとそろそろ騎士達も到着するかも知れないな」
「……半分、もう少しって言ったのに」
ノエルに聞かれてジークは周囲を見回して半分だと答えた後、自分達が出発した時間と計算してアノス達の進行状況を考えたようで難しい表情をする。
ライオは先ほどのジークの言葉が適当だった事が不満のようで恨めしそうな視線を向けた。
「睨まれてもな。だいたい、鉱山の中を進むって言ってたんだ。予想できた事だろ」
「……ノエルが行けるんだから、どうにでもなると思ったんだ」
「ノエルは何だかんだ言って3度目だからな。慣れたんだろ」
ジークはため息を吐くと持ってきていた荷物から水筒を取り出してライオに渡す。
ライオは一気に水筒の中の水を飲み干すと甘く見ていた事を白状するとジークはまだ余裕がありそうなノエルを見て苦笑いを浮かべる。
「だけど、ジークは良く道を覚えているね。道もそれなりにあるし、迷ったりしていないよね」
「ノエルじゃないから迷わない」
「わたしだって迷子になりません!?」
エルトはライオの様子を見て苦笑いを浮かべるといくつにも枝分かれしている坑道の様子を見て、迷っていないか心配になったのか首を捻った。
ジークはきっぱりと迷子になどならないと言い切るが、その言葉にはノエルを小ばかにする者が混じっており、ノエルは心外だと言いたいようで声を上げる。
「迷子になるも、元々、俺達が見つけた道だからな。後の事も考えて地図作りにも協力したし、迷わない」
「それは頼もしいね。私達が迷子になる事はなさそうだ……」
「エルト様、どうかしましたか?」
エルトはジークが頼りになる事を再認識したようで苦笑いを浮かべているがその途中で何かあったのか眉間にしわを寄せた。
彼の様子にエルトが巨大ミミズの接近を感じ取ったと思ったようでノエルは不安そうに聞く。
「いや、前を行った新米騎士達が迷子になってたらどうしようかと思ってね。勢いで鉱山内を進んで行ってしまうんだから、下調べとかしてなさそうだしね」
「そんなバカじゃないだろ。鉱山の入り口には何かあった時のために兵士詰所もあるし、兵士達だってアノス達を止めようと……」
エルトは自分の考えを否定すると苦笑いを浮かべる。
ジークはため息を吐くと否定しようとするが何か頭をよぎったようで頭をかいた。
「ジーク、何かあったかい?」
「いや、騎士達を止めた兵士は戻ってきてないんだろ。もしかしたら時間稼ぎで脇道にそれてる可能性はあるな」
「それじゃあ、もしかして、私達が騎士達を追い抜いた可能性もあるのかい?」
だいぶ、疲れが取れてきたようで息が整ったライオがジークの様子に気づき、首を傾げる。
鉱山に入る時に、ジークはしっかりと情報を入手していたようで騎士達が遅れている可能性に気が付いたようである。
エルトはジークの示した可能性に騎士達を追い抜いた可能性があるかと聞く。
「追い抜いているかは厳しいだろうな。いつまでも時間をかけてはいられないだろうし、途中からは1本道だからな。道案内をさせている相手が嘘を吐いていると気が付いたら、斬り殺されかねないからな。遠回りして到着時間を遅らせて体力を奪うくらいだろ。それでも充分に役に立ってるけどな」
「それじゃあ、追いつける可能性も充分にあるね。ライオ、そろそろ行けるかい?」
「そうですね。そろそろ行きましょう」
ジークは騎士達が兵士達により、惑わされている事を告げるとエルトは騎士達が魔術学園の生徒とぶつかる前に止めたいようで立ち上がる。
ライオはエルトに促されて立ち上がるがまた疲労回復は出来ていないようで足元はおぼつかない。
「……ライオ様、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
「飲むか?」
ライオの様子に苦笑いを浮かべるノエル。
ライオはふらふらと歩き始めると彼の様子にジークは早急な回復が必要だと感じたようで栄養剤を取り出す。
「……それは要らない」
「ジークはいつもその栄養剤を持っているね。自分は飲まないのに」
「俺は栄養剤を飲まないといけないほど、体調管理ができないわけじゃないからな。必要な人間に渡さないといけないだろ」
ライオは話に聞くジークの栄養剤の破壊力を気にしているようで首を横に振る。
エルトも自分に話が振られたくないようで1歩下がるとジークに自分で飲んでみないかと聞く。
ジークは体調管理ができない奴が悪いと言い切ると先頭を歩き始める。
「ジーク、そう言えば、その栄養剤は何本あるんだい?」
「何だ? 飲みたいのか?」
「イヤね。きっと、到着したら騎士達は疲れてるだろうからね」
エルトは先を進むジークの背中を見つめながら何か考え付いたようで口元を緩ませた。