第623話
「……」
「おっさん、何かあったのか?」
「うむ。少しな。その事についても説明しよう」
ジークとノエルは定期的に行っているルッケル、ワーム間の連絡係を行うためにワームにあるラースの屋敷を訪れた。
ラースの書斎に通されると書斎にはラースとともにカルディナもおり、カルディナはラースと一緒に居たくないのか不機嫌そうに頬を膨らませている。
カルディナの様子にジークは苦笑いを浮かべるとラースは困っているのか小さくため息を吐いた後、ジークとノエルを書斎に用意してあるソファーに座るように促す。
「ラース様、ワームはどんな状況なんですか?」
「一先ずは落ち着いた。ギムレット殿から力を削ぐ事はできたと思うが。ガートランド商会と繋がっているだろうからな。しばらくは大人しくしていると思うが、裏でどう動くかだな」
ソファーに座るとノエルは先日のシュミット襲撃により、ワームがどうなったか気になったようである。
領主であるシュミットが一時的に戻った事で、表面上はワームの領地運営は彼に集中しており、有力者達はシュミットへとすり寄り始めている。
ラースは現金な権力者達の様子に呆れているのか大きく肩を落とす。
「しばらくはシュミット様も忙しそうだな……エルト王子、大丈夫かな?」
「……お目付け役が居なくなった事を良い事に嬉々として王城を抜け出しているでしょうね」
「あ、あの、もう少し、エルト様を信用しても良いんじゃないでしょうか?」
少し話を聞いただけでもシュミットが多忙な事はわかり、ジークは苦笑いを浮かべた。
しかし、すぐにシュミットが居なくなった事で王都のエルトが遊びまわっているのではないかと不安になり、ジークは眉間にしわを寄せるとカルディナは同調するように頷く。
ノエルはエルトを信用してはどうかと言うが、彼女自身も普段のエルトを見ているせいか否定しきれないようで苦笑いを浮かべている。
「うむ。お主達はもう少しエルト様を信用した方が良いな。貴族や若い騎士達もそうだが、エルト様を低く見過ぎだ。エルト様を頭の中まで筋肉だと言う者もいるがそんな事はないぞ」
「……カルディナ様、あれはおっさんも頭の中が筋肉だから、優秀だと思い込んでいるだけか?」
「そうに決まっていますわ。両方、頭が足りないのですから、程度が低い者同士の傷の舐めあいですわ」
3人の様子にラースは大きく肩を落とすとエルトへの評価を考え直すように言う。
その言葉を信じきれないジークはカルディナに耳打ちをし、カルディナはジークの言葉に全面的に賛成のようで大きく頷いた。
「……カルディナ、ジーク、考えてもみろ。あのカインが能力の低い者に従うと思うか? カインはエルト様に忠誠を誓っているんだ」
「それは上手く扱えるからじゃないのか? だまして、裏から操るのにこれ以上ない人間はいないだろ?」
「……すまない。お主がそこまでカインを悪く言うとは思っていなかった」
ラースはエルトとカインの主従関係を思い出せと言う。
ジークは迷う事無く、カインはエルトを傀儡にするつもりだと言い切り、ラースはジークとカインの関係がわからなくなってきたようで眉間にしわを寄せる。
「エルト様は剣と言った武を好むが、政に対してもしっかりとした見識がある。一時期は全てをやらなければいけないと考えてしまい。重圧に押しつぶされそうになっていたが、今は迷いが晴れたようで、自由に動きすぎている気もするがそれでも王位継承者としてしっかりとした才覚をお持ちになっている」
「……そう言えば、そんな事を聞いた事があるような気がするな」
「まったく……そろそろ、この話は終わりにしても良いか? ワシも時間が限られているのでな」
ラースはエルトには王の器があると思っており、彼の苦悩する姿も見てきたようでエルトの成長を楽しみにしていると笑った。
ジークは以前にカインとエルトが出会った時の日の話を聞かされた事を思い出して頭をかいた。
気まずそうなジークの様子にラースは大きく肩を落とした後、ラースも忙しいようで本題に移って良いかと聞く。
ジークとノエルは顔を合わせると苦笑いを浮かべた後、大きく頷いた。
「ジーク、ノエルにはカルディナをアズ殿の屋敷に連れて行って貰えないかと思ってな。転移魔法が使えるカルディナがワームに滞在するのなら、しばらくは連絡係にカルディナを同行させて欲しいのだ」
「カルディナ様をですか?」
「うむ。緊急の件が起きた場合にお主達を待つ時間がないかも知れないのでな」
連絡係にカルディナを加える事に対する相談であり、ノエルは状況がつかめキレないようで首を傾げる。
ラースは頷くがカルディナに連絡係を任せる事に抵抗があるのかその表情は乗り気ではなさそうにも見える。
「俺達はかまわないけど……おっさん、あんまり乗り気じゃなさそうだけど、大丈夫なのか?」
「いや、重要な任務を受けたとは思うのだが、カルディナ1人をルッケルに行かせるのは危険だと思ってな。何があるかわからないのでな」
「転移魔法でアズ様のお屋敷とここを往復するだけですわ。危険な事などありませんわ」
ジークに聞かれてラースはカルディナの事が心配だと言う。
カルディナは心配する事でもないと思っており、ラースの過保護なところが鬱陶しいと思っているのか自信あり気に言い切った。
「……危険な事か? カルディナ様、おっさんの言い分もわかるぞ。ルッケルは新米騎士が警備についているけど、その中にイオリア家のアノスがいるし、何よりフィリム先生の襲撃がありそうだしね」
「フィリム教授は確かに危険ですわ」
「そ、そこまで言わなくても良いんじゃないでしょうか? それにフィリム先生の研究結果が出ればルッケルの鉱山も再開できるでしょうし」
ジークはルッケルで考えられる危険と考えた時に鉱山で生物の巨大化について研究しているフィリムの顔が浮かび、眉間にしわを寄せる。
フィリムの名前にカルディナはあまり関わり合いになりたくないようで眉間にしわを寄せるとノエルは苦笑いを浮かべながらフィリムには頑張って欲しいと言う。