第621話
「……」
「ねえ、テッド先生、この人、ぶん殴っても良い?」
「……カイン、なんでフィーナを連れてきたんだ? 気絶してる間に縛り付けて屋敷に転がせておけば良かっただろ」
フォルムに戻るとシーマと話をするためにテッドの診療所を訪れる。
シーマはジーク達を見て鋭い視線を向けており、フィーナは彼女の視線に気分を害したようで眉間に青筋を浮かべながら拳を握り締めた。
彼女の様子にジークはフィーナを指差しながらカインに聞く。
「フィーナを残しておいて、1対1でシーマさんと会った時、もっと面倒な事になりそうだからね」
「……それは確かにありそうですね」
「フィーナさんはそれくらいの分別がついてますよ」
カインは苦笑いを浮かべると後々の事を考えての事だと言う。
セスはカインの言った光景がすぐに目に浮かんだようで眉間にしわを寄せるとノエルはフィーナを擁護しようとする。
しかし、彼女自身も同じ光景が頭によぎっていたようで頬は引きつっている。
「フィーナ、落ち着け。話が続かない」
「何でよ? こいつは下手したら、シギル村の人達全部を殺そうとしたのよ?」
「下手したらね。今回は、それを防げたんだ。シーマさんはやってない事の罪を背負う必要はないよ」
カインにいさめられるが納得のいかないフィーナは彼を睨みつけた。
彼女の視線に臆することなく、カインは柔らかい笑みを浮かべると首を横に振る。
「……相変わらず、胡散臭い笑い方だな」
「えーと、カインにも考えがあるわけですし、もう少し話を聞きましょう」
彼の笑みにジークはまたカインが何か企んでいると思ったようで眉間にしわを寄せた。
レインはジークと同じ事を考えたものの、自分達が何か言うより、カインに任せた方が良いと思っているようで苦笑いを浮かべる。
「それで、カイン、シーマさんをどうするつもりなんだ? 流石にこのままってわけにも行かないだろ。転移魔法だって……防ぐ方法があるんだったか?」
「防ぐ方法はいくつかあるけどね……手段や方法を人道的な物から外れても良いなら、いくつでもあるけど、とりあえずは魔法の封印かな? 解呪方法は秘密ね。重要な研究のたまものだから」
「お前の考える事なんて基本的に人道から外れた物だろ」
ジークは1度、ため息を吐くと転移魔法を使えるシーマを捕らえて置く事は難しいと思ったようで首を捻った。
カインはくすりと笑うとシーマの肩へと手を伸ばす。
彼の手は淡い光をまとっており、カインが彼女の肩に手を置くと淡い光は肩から彼女の身体に移動し、小さな魔法陣を刻み付ける。
その様子にジークは改めて、カインがろくでもない事を考えていると思ったようで眉間にしわを寄せる。
このやり取りはある種のお約束であり、場の空気は少し緩む。
「とりあえず、何か話したい気になったら、俺の屋敷に来てよ。自主的に話してくれる気になったらね。俺はそれだけ言いに来ただけだから、テッド先生、お任せしてもよろしいでしょうか?」
「ちょっと待ちなさい!! 何なのよ。それって、無罪放免って事?」
カインは改めてテッドに頭を下げてシーマの身柄を任せると頼む。
テッドはカインの言葉に深々と頭を下げるがフィーナは納得ができないようでカインの胸ぐらをつかみ叫ぶ。
「……ジーク、フィーナが無罪放免って難しい言葉を知ってるけど、偽物かな?」
「フィーナは窃盗犯の上にいつも無罪を主張してるから知ってるんじゃないか?」
「私は窃盗犯じゃないわ。ジーク、おかしな事を言ってるんじゃないわよ!!」
カインはフィーナの口から出るわけの無い言葉が出てきた事にわざとらしく驚きの表情をする。
ジークは彼女も犯罪者だと言い切るが、その言葉はフィーナにとって我慢ならなかったようでジークを怒鳴り散らす。
「……カイン、ジーク、どうして話をおかしな方向に持って行くんですか?」
「おかしいも何もね。今回の件に関して言えば、シーマさん達と強欲爺達がどこまで繋がってたか、わからないからね。ルッケルの時と同様にハイムを混乱に貶めるつもりで利用したのか、それ以上の関係があるか? シーマさん達の目的が魔族中心の世界を目指すなら、絶対的な協力関係にはなりえないし、他にも魔族の血を引いているフォルムの人間はどのような位置づけになるのか興味があってね。それにシーマさん達のリーダーがシーマさんをどこまで信頼してるかがフォルムに置いておけばわかるじゃないか? わざわざ取り戻しに来るか切り捨てるか? それを見れるだけでも充分だと思うけどね。ただ、愛した女性を失った先に見ている未来が本当に新しい先を見ているかはわからないけどね。終焉を望んでいる可能性だってあるよね。実の娘の声だって届いていないんだろうから、レムリア=ダークリードには」
「実の娘? あの方と同じ種族でありながら、お前らのような人間の味方をしているこの裏切り者があの方の娘のわけがないわ!!」
バカな事をやり始めた3人の姿に大きく肩を落とすセス。
カインは苦笑いを浮かべた後に表情を引き締めるとシーマをフォルムに確保している事でレムリアの心のうちにある物を知ろうとしているようである。
彼の言葉にシーマの顔は歪み始めて行くが、1つの言葉に激高したようで声を張り上げた。
シーマもノエルがドレイクだと気が付いているためか、その怒りは完全に彼女に向けられている。ノエルは言葉を返そうとするがすぐには出てこないようで唇をかむ。
「事実だろ。シーマさんの反応を見ればリーダーはレムリア=ダークリード。片目が青い瞳のドレイク。ノエルはその1人娘だ。父親は復讐に駆られて、娘は彼女の意志を継ごうと必死に頑張ってる。俺達はそんなノエルの力になりたい」
「そんなわけが……」
「ここで俺達って言うかな? 俺で良いのにね」
そんなノエルの様子にジークは彼女とシーマの間に立つとシーマに彼女達のリーダーがノエルの父親であるレムリアかどうか再確認するように言う。
シーマは信じられないと言いたいのか何度も小さな声でつぶやき始めるなか、カインはジークとノエルを交互に見た後、2人をからかうように笑った。