第611話
「勝ちを確信した時こそ、気を引き締めないとね。それくらいは教えて貰えなかったのかい? それとも実践経験が不足しているせいかな?」
「くっ」
「……できれば、降参してくれると助かる。俺は薬屋であって人殺しにはなりたくないんでね」
冷気の魔導銃に撃ち抜かれたシーマの腕は凍り付いて行き、カインは彼女が戦いなれていないと判断したようで口元を緩ませる。
冷気で腕の感覚が失われてきたのかシーマは表情をしかめると動けないカインではなく、ジークを撃退しようと身体を捻るがすでに遅い。
ジークはすでに彼女の背後に回り込んでおり、彼女の後頭部に魔導銃の銃口を当てて降伏勧告をする。
背後に回ったのは魔眼対策であり、いくら、シーマが強力な魔族であっても魔術師である彼女の得意とする距離ではない。
「ここまで来て降参などすると思いますか? 私が死ぬ覚悟ができていないとでも?」
「したくないのはわかるけど降参しておいた方が良いと思うぞ。あんたが思う以上にカインは性格が悪いから、何を企んでいるか俺にはわからないし、たとえ、動きを止めたとしても何をしてくるかわからないぞ。後、死ぬとか平気で口に出さないでくれ。テッド先生に顔向けできなくなる」
「カインさん、シーマさんの瞳を見ないでください!! また、魔眼を使うつもりです!!」
背後から聞こえるジークの声にシーマはまだ策があるのか自分の方が有利だと思っているようであり、降伏勧告を拒絶する。
ジークはシーマの肩越しに見えるカインと目が合い、彼の目からまた何か企んでいる事を察したようでため息を吐くとシーマを説得するように声をかけるが彼女はジークの声をあざ笑うかのように口元を緩ませた。
その時、シーマの瞳の赤色が強くなり、ノエルは彼女が再び、魔眼を使うと気づき動けないカインに向かって叫ぶ。
「……もう遅い。これでカイン=クロークの心は私のもの、私の事も殺せないような人間が仲間を殺せますか?」
「悪いね。俺には心に決めた人がいるんで、その想いには答えられないね」
「……お前、どこから動けてた?」
ノエルの声はカインに届いたものの、カインは身体を動かす事ができず2人の視線は交差する。
シーマは二重に使用した魔眼の能力でカインを自分の手ごまにしたと確信したようで勝ち誇ったように声を上げるが、カインは右手を顔の前に立てわざとらしくごめんなさいと言う。
その様子にジークは頭が痛くなってきたのか眉間にしわを寄せるが何が起きたか理解できないシーマの顔には戸惑いの色が見える。
「細かい事は気にしない。それより、ジークは瞳を見たらダメだよ。年上の女性の魅力にメロメロになったら、ノエルに刺されるからね。そんな血の惨劇を俺は見たくないからね」
「刺しません!?」
「……刺されるかは別として気を付けるよ。俺は魔眼に抵抗できる気はしないからな」
カインはくすくすと笑うとシーマの腕を取り、地面から飛び出してきた植物の根を使い、彼女の手を後ろで縛り付けるとノエルをからかう。
ノエルは声を上げてすぐにカインの言葉を否定するがジーク自身、ラミア族の魔眼に抵抗できないと思っているようでシーマの背後に立ったままである。
「……どういう事? なぜ、魔眼の力が効かない?」
「悪いね。領主やエルト様付きの文官をやったりもしたけど、これでも本職は研究者なんだ。魔力は魔族に叶わなくてもあなたの言うように俺には姑息に回る頭が有るんでね。何より、魔眼で俺の溢れるくらいの愛は動かせないよ」
「……酷く胡散臭い」
カインの様子に意味が理解できないシーマは疑問の声を上げるがカインは笑顔でセスへの愛が魔眼を防いだと笑う。
しかし、ジークは絶対に裏があると思っているようでため息を吐く。
「愛ですか? それは素晴らしいです。やっぱり、カインさんとセスさんはお似合いです」
「だろ?」
「……カイン、ノエルで遊んでないでどうにかしろ。シュミット様がシギルに到着する前にこっちもどうにかしないといけないんじゃないのか?」
ノエルはカインがセスとの愛の力で魔眼の魔力を打ち破ったと言う言葉を信じているようで両手を握り締めて感動したと言う。
カインは彼女の反応が面白いのか苦笑いを浮かべるが、ジークはいつまでもバカな事をやってられないと思ったようで遊ぶなとため息を吐く。
「そうだね。いつまでも時間をかけてると転移魔法で逃げられちゃうからね。とりあえずはテッド先生にわけを説明して預かって貰おうか?」
「預かって貰おうか? って、魔眼があるなら逃げられるだろ? フォルムの人達はラミア族の血を引いている人も居るけど普通の人族もいるんだから」
「同族同士と同性には効かないよ。なぜかはわからないけどね。それにテッド先生やフォルムの人達に魔眼を使って逃げ出すようなら……次に会った時は殺す」
カインは彼女のローブを引きちぎると魔眼をジークが見ないようにシーマの瞳を隠すと彼女の説得をテッドに頼もうとしたようだが、ジークは彼女の魔眼の威力が気になるようで頭をかく。
カインはラミア族の魔眼についても研究しており、首を横に振ると彼女の耳元で彼女にとってフォルムの人達がどのような人間か考えるように言うとその様子にノエルは何かを言おうとするがジークは彼女の口を手で塞ぐ。
「魔眼は防いだって転移魔法をどうにかしないといけないんじゃないのか?」
「大丈夫、大丈夫。前に話しただろ。転移の魔導機器は研究の副産物だって、それじゃあ、行こうか? 時間もないしね。後、おかしな事をするつもりなら、転移魔法の前にのどをつぶすよ」
「……カイン、脅し過ぎだ。まるで俺達が悪者みたいじゃないか」
魔眼を防いでもシーマには転移魔法と言う脱出方法があり、ジークは首を捻った。
カインはしっかりと準備をしているようであり、問題ないと笑った後、視線を冷たい声でシーマの耳元でささやく。
その様子にジークはやりすぎだと言いたいようで大きく肩を落とすがカインは気にする事無く、転移魔法を発動させる。




