第610話
「……危ないね。最初から殺すつもりとかは止めてくれないかな? こっちは話し合いを望んでいるんだから」
「話し合い? なぶり殺しの間違いじゃありませんか? あなた達は自分より、高い能力を持つ魔族に対して勝手に恐怖を持ち、その恐怖を排除するためだけに何の罪のない者達を殺して行くんですから」
「バカにしないで欲しいね。それはお互い様だろ。歴史を紐解けば誰だってわかる事をどちらか一方だけを悪者にしないでくれるかな?」
植物の根を切り裂いた風の刃はカインに向かい飛ぶが、その刃は彼に当たる前に何かに当たったようで霧散して行く。
その様子に自分は話し合いをするつもりだとため息を吐くカインだが、シーマは攻撃を仕掛けてきたのはカインだと言うと彼女の背後には次々と風の刃が完成して行く。
シーマの目に映るのは人族がこれまでにやってきた魔族への非道な振る舞い。
それを終わらせるためには魔族が国を握る事だと盲目的に考えているようで彼女のカインを睨み付ける視線は鋭いが、カインは彼女の考えを浅はかだとため息を吐くとシーマの視線に怯む事無く、睨み返す。
「……なんと言うか、俺達、置いてけぼりだよな?」
「そ、そうですね」
カインとシーマの間の空気は張りつめており、完全に蚊帳の外のジークとノエルはどうして良いのかわからないようで苦笑いを浮かべている。
「まぁ、今まであなたの事を守り、育ててくれた人達の言葉を聞かずに惚れた男の言葉を信じるだけのバカ女に歴史を紐解く事なんかできないかな? その相手も復讐ってくだらないものに囚われて何も見ようとしていないんだ。仕方ないよね」
「……黙れ」
「なんだい? こんな安い挑発に乗るなんて本当は自分でもわかってるんじゃないかな?」
カインは視線をそらす事無く、彼女の想い人をあざ笑うかのように言う。
その一言はシーマにとって我慢のならないものであったようで彼女の背後にあった風の刃がカインに向かい放たれた。
しかし、風の刃は彼の身体を切り裂く事はなく、再び、霧散して行ってしまう。
感情的に攻撃を仕掛けてきた彼女の様子にカインはわざとらしく問いかける。
それは口が悪く計算高い彼だからこそできる攻撃でもあり、シーマの顔が徐々に冷静さを失って行っている様子にジークとノエルはため息を吐いた。
「黙れ。何も失った事のないお前に何がわかる!!」
「わかってないね。何も失っていない人間ってのは、何も考えずにのうのうと生きていてたまたま何も失っていない人間と何かを失う可能性を考えてそれを排除するように生きてきたと言う2種類の人間に分かれるんだよ。そして、前者の人間は失った時に、自分の非を認めずにどこかに自分の怒りをぶつけるんだ。その方が楽だからね。後者の人間は失ってしまってもそれを事実と認め、成長して行くんだ。あなた達の言っている事はただの子供のわがままと一緒だ」
シーマの攻撃は怒りに任せているせいかさらに激化して行くが風の刃がカインの身体を引き裂く事はない。
良い感じに挑発されているシーマの様子にカインは首を横に振ると彼女達が所属している場所には正義などないとすべてを否定すると風の刃が襲い掛かるなか、カインは気にする事無く、シーマに向かい歩き出す。
「本当はわかっているくせに同じ未来を見ている気になっているんじゃないか? あの金色と青い瞳にはあなたは映っていないのにそれを認めたくないから、一緒に傷ついているふりをしているだけだろ。本当に自分を見て欲しいのなら、やるべき事は他にあるんじゃないのかい?」
「……」
「良かったです」
シーマの前に立ち、問いかけるカイン。
その言葉に風の刃は動きを止め、シーマは言葉を失ったのかうつむいてしまう。
彼女の様子にノエルは話し合いに応じてくれると思ったようで胸をなで下ろした。
「カイン、離れろ!!」
「ジークさん? 突然、どうしたんですか?」
「勝ったと思って油断したようね」
その時、ジークは何かイヤな予感がしたのかカインの名前を叫ぶ。
突然のジークの様子に驚きの声を上げるノエルだが、シーマは顔を上げるとその瞳は赤い光を帯びており、その瞳を直視してしまったのか動きを止めてしまう。
シーマは形勢が逆転したと言いたいのかカインの耳元でつぶやくと彼の顔色が変わるのを楽しみにしているのか口元を緩ませた。
「魔眼?」
「まだ、自分の意志があるの? さすがはカイン=クロークと言ったところかしら? 効果が薄いみたいだから、殺しておいた方が後の事を考えると都合が良いわね。魔法は防がれてしまうみたいだからナイフの方が良いかしら」
「……忘れてた。こいつはシュミット様に余計な事を吹き込んだヤツだった」
カインは身体が動かないようであり、口元を歪ませる。
シーマはカインの様子にくすくすと笑うと護身用なのかナイフを手に取り、カインの首筋にあてた。
ジークは舌打ちをするとカインを助けるべく行動に移ろうとするが、ジークとシーマの間にはカインが立っており、距離もあるため、どうするか行動に迷ってしまい行動に移せない。
「確か? 子供のわがままだったかしら? あなたがここで死んだ時、あの2人は私の事を許せるんですかね?」
「どうかな? ただ、ジークをバカにしない方が良いね。あいつはあれでも肝が据わってるからね」
「……耳でもそぎ落としてあげましょうか?」
シーマは命乞いでもしろと言いたいのか先ほどのカインの言葉をあざ笑うが、すでにカインは魔眼で動きが封じられている事など何とも思っていないようでひょうひょうとした様子で笑っている。
恐怖で歪むと思ったはずのカインの表情はシーマの予想とは外れた物であり、彼女はカインの態度が気に入らないようでナイフの先でカインの頬をひっかいた。
カインの頬には血が伝うがカインの顔が歪む事はない。
「その目が気に入りませんね」
「それほどでも」
「……緊張感ないな」
シーマは耳ではなく、カインの片目をえぐろうと決め、ナイフを構えた時、カインに気を削がれていたシーマはジークを見落としている。
ノエルの支援魔法で素早さを上げたジークはすでにシーマの側面に移動しており、冷気の魔導銃で彼女の手をナイフ事撃ち抜いた。