第609話
「ノエル、ご苦労様」
「これで良いんですか?」
ノエルの魔力は地面を走って行く。
その様子に魔法陣の発動した事がわかり、カインはノエルに声をかける。
しかし、ノエルは魔法陣を発動させた実感がないようで首を傾げた。
「うん。問題なく発動したよ」
「カイン、今更だけど、どんな魔法陣なんだ?」
「そう言えば、説明してなかったね」
頷くカインにノエルは胸をなで下ろすとジークはどのような魔法陣に書き換えを行ったか気になったようでカインを肘で突く。
カインはすっかり忘れていたようで苦笑いを浮かべる。
「今回は失った精霊力を取り戻すための魔法陣に書き換えたんだ。火の精霊の暴走で木や水の精霊が居なくなってしまったからね。せっかくある大規模な魔法陣があるなら利用しない手はないだろ?」
「精霊達が戻って来やすいようにしたってわけか?」
「そう言う事、これで水不足で遅れている作物の成長も少しは良くなると思うよ……お出ましみたいだね」
カインが書き換えを行った魔法陣はシギルの人達の事を考えた物であり、ジークとノエルはシギル村の生活が元に戻る手助けをできた事が嬉しいようで笑顔を見せる。
2人の様子にカインは満足げに笑うがすぐに何かを感じ取ったようで表情を引き締めて先ほど警戒するように言った木の下へと視線を移した。
その言葉にジークとノエルが木の下へと視線を移すとそこには黒いローブをまとった女性が1人立っている。
「女の人ですね?」
「……そうみたいだな」
現れたのがレムリアではない事に安心したようでノエルはほっとしたようであるが、ジークは彼女が高位の魔術師であることを理解しているため、警戒を緩める事はない。
両者の間にはお互いを敵と認識している事もあり、ピリピリとした空気が広がって行く。
「……邪魔をしている奴らがいるとは思っていましたが、まさか、ドレイクが混じっているとは思いませんでした」
「えっ!? ジ、ジークさん、カインさん、どうしてでしょう? わたしがドレイクだってばれてます!?」
「ノエル、自分が魔族だってばれるって事は考えてみなよ」
女性はノエルを見て、すぐに彼女をドレイクだと判断したようで視線を鋭くするがノエルは緊迫した空気をぶち壊すように驚きの声を上げた。
ノエルだけは空気が完全に緩んでしまっているが、カインは緊張感を解く事無く、彼女にアドバイスをする。
「わたしが魔族だってわかると言う事は? ……ジークさん、カインさん、あの人、ラミア族です!?」
「ラミア族? ……そう。初めまして、あなたの父上と義兄の後を継ぎ、フォルムの領主になりましたカイン=クロークです。以後お見知りおきをシーマ=フォルム様」
「シーマ=フォルムって、テッド先生が言っていた?」
ノエルは慌てながらも、目の前に立っている女性を見据えると彼女にも女性の種族がわかったようで声を上げた。
ラミア族と聞き、カインは小さく口元を緩ませると女性を『シーマ=フォルム』と呼ぶ。
その名前にジークは心当たりがあり、首を捻った。
「カイン=クローク? まさか、あなたのような人間が動いているとは誤算でしたね。ルッケルで始末できなかったのが悔やまれますね」
「これでも悪運は強いみたいでね。今回もなかなか、運に恵まれたよ。流石にあの時のドレイクが出てきたら不味かったしね。一応、聞いておくよ。降伏、投降してくれないかな? 女性に手を上げるのは抵抗があるから」
シーマはやはり、ルッケルで仕掛けてきたレムリアの協力者だったようでカインの名前を聞いて舌打ちをする。
彼女の様子からシーマがノエルとレムリアの関係を知らないと判断したのかカインはあえて、レムリアの名前を出す事はなく、彼女にこちらの指示に従うように問いかけた。
「それはこっちのセリフです。それなりに早く回る頭を持っているようなので、奴隷として扱ってあげます。魔族の下につけば殺さないであげます。下等な人間は私達がしっかりと管理して使ってあげますわ」
「残念ながら、そう言うわけにはいかないね。それに俺は奴隷になる気も奴隷を従えて良い気になる気もないよ。だいたい、誰かに自分の意見だけを押し付けて言う事を聞かせようとするなんて傲慢だ。話し合えば解決できることだって多々あるのにわざわざ恨みを買う事はないね」
カインの問いをシーマは魔族を人族より、優れた種族と認識しているようで鼻で笑う。
その言葉にカインは残念だと言いたいのかため息を吐くと杖の先をシーマに向けた。
「……あいつが言って良い言葉じゃないよな?」
「カ、カインさんはきちんと話を聞いてくれますよ。わたし達が言い負かされているだけですけど」
「……ノエル、それはフォローになってないから」
カインの言葉に眉間にしわを寄せるジーク。
ノエルは今、話を折るべき時ではないと思い、ジークの服を引っ張る。
背後から聞こえるジークとノエルの言葉にカインはため息を吐き、2人はバツが悪そうに笑う。
「とりあえず、いろいろと話を聞きたいから、捕まえさせて貰うよ。テッド先生との約束もあるしね」
「テッド先生? そうですか。私の事など忘れてしまえば良いものを」
「そう言わないでくれないかな? お年寄りの長話に付き合うのは若者の役目なんだから、テッド先生だけじゃなく、あなたの帰りを待っている人達もいるよ。争いの中に身を投じるよりはずっと良いと思うけど」
カインは改めて、シーマに向かい言うと、彼の口から出たテッドの名前にシーマは小さく肩を落とした。
その表情には複雑な思いもあるようであり、それを感じ取ったカインはおかしな考えなど起こさずに平和に生きるように告げる。
「……隠れて生きる事に何の意味がある? 私達より劣る者達の機嫌をうかがって生きる必要なんてないわ」
「劣る、劣らないかどうかは種族じゃないと思うよ。確かにあなたは人族より高い魔力を持っているかも知れないけど、頭は弱そうだからね」
「……確かにあなたのように頭が回るなら、このような姑息な手段を選びますね」
シーマはカインの言葉を鼻で笑い、魔族は人族の上に立つべきだと言う。
その様子にすでにカインは罠を張っていたのかシーマの足元の地面が隆起し、植物の根が彼女の足をからめとろうとする。
襲い掛かる植物の根にシーマは右手を向けると風が吹き、刃と化した風が植物の根を引き裂く。