第602話
「……」
「何か心配事か?」
ウィンの屋敷に戻り、ノエルが夕飯の準備を買って出てくれ、フィアナも彼女の手伝いをしてくれている。
ジークは何かあるのか窓の外へと視線を移しており、彼の様子に気が付いたソーマはジークに声をかけた。
「いや……」
「なんだ? イヤな予感でもするのか? お前のイヤな予感は当たるから、するなら先に言っておけよ」
「そうじゃないんだけど、もし、到着していない冒険者達に何かあったとしたら、冒険者達を襲った奴らがここに来るんだよな? ソーマと懇意にしている奴らなら、それなりに実力者だろ。そいつらが来ないんだ。新米冒険者達と俺達で対処なんかできるのか?」
ソーマは対策などを立てるためにも必要な事は話せと言う。
ジークは頭をかきながら改めて、状況を確認するようにつぶやいた。
その言葉は万が一の時に自分達で何ができるかわからないようであり、不安を口に出してしまう。
「ちゃんと考えてるじゃないか」
「何だよ?」
「誉めてるんだ。怒るなよ」
ジークの不安にソーマは口元を緩ませた後に感心したのかわざとらしく大きく頷いた。
彼の態度にジークは少し頭にきたようであり、ソーマを睨み付けると彼はジークの頭を乱暴に撫でる。
「……何すんだよ?」
「不安が出るって事は冷静に状況を理解しようとしているって事だ。この場所にフィーナがいたら、どうにでもなるってだらだらしてるだけだろ?」
「……いくらフィーナでもこの状況でそんな事はしないと思いたいけど、しそうだ。あいつは本当に大丈夫なのか?」
ぐちゃぐちゃになった髪の毛を直しながら、ソーマを睨み付けるジーク。
ソーマは冷静に頭が動いているうちは問題ないと笑い、ダメな例を出して言う。
ジークは眉間にしわを寄せると今の状況より、フィーナの将来の事が気になったようで大きく肩を落とす。
「フィーナはフィーナで良いんじゃないか? 冒険者のリーダー格ってのはだいたい2種類に分かれるからな。冷静に状況を理解して最善手を選んでいくタイプとまっすぐに問題にぶつかり、正面から突破して行くタイプ」
「前者がカイン、後者がフィーナってところか? ……後者の方のパーティーには入りたくないな」
「それはお前がカインと同タイプって事だからだ。後者はパーティーに同タイプの人間が勢ぞろいしたら厄介だぞ。勢いだけで英雄と呼ばれて頂点を極める奴らもいるからな」
ソーマはフィーナの前では彼女の事を小ばかにしているが彼女の事をそれなりに認めているようである。
ジークはフィーナのようなリーダーがいる冒険者とは関わり合いたくないと心底思ったようで大きく肩を落とし、ソーマは苦笑いを浮かべた。
「……力でゴリ押しをして英雄?」
「生存率は低いけどな。乗り越えると結束が強まるからな。ただ、それをやられると周りへの被害がでかい。お前はそれを望まないだろ?」
ソーマは危ない橋を渡るのは避けたいようであり、ジークに確認するように問いかけ、ジークは大きく頷く。
「なら、考えろ。カインほど頭が良く回るヤツはほとんどいない。だけど、いつもあいつがそばに居るわけじゃない。あいつは今では領主って立場があるからな。その時に仲間や力を持たない人達を守るのに必要な事を冷静に考えろ。敵でも味方でも誰かが死ぬのは見たくないだろ?」
「それが理想だな……だから、今回はどうして良いか。頭が回っていない」
ソーマは冷静に状況を理解するためにジークの不安を取り除いておきたいようであり、改めて、ジークに話すように言う。
ジークは今まで巨大生物との戦いや武術大会のような場所での戦闘経験はあるが、人族と殺し合いを視野に入れた戦闘経験はないため、その時にしっかりと動けるか不安のようである。
「なら、考えろ。姑息でもなんでも良い。少なくとも自分の前で誰かが死なないようにな。カインとまではいかなくてもお前ができる事があるだろ」
「誰かが死なないようにな……とりあえず、ちょっと出てくる。できる事をいくつか思い出した」
「襲撃に気を付けろよ。後、アーカスさん直伝の罠を張るなら、村民に被害がないようにな」
ソーマの言葉にジークは考える事ができたようで頭をかきながら屋敷を出て行こうとする。
彼の背中をソーマは軽い感じで見送り、ジークは振り返る事無く手を振り、外に出て行ってしまう。
「若者の成長は楽しみですね」
「楽しみにするほど、年を取ってないつもりなんですけどね。ただ、あいつがガキの頃から見ていますからね。少しは気になりますね」
1人になったソーマの姿を見て、ウィン声をかけてくる。
それはすでに冒険者を引退した後輩を見守る人間の目であり、ソーマはまだまだ自分は現役だとため息を吐いた。
「そうですか? ソーマ君、あなたのご友人は何をしているんですかね? ずいぶんと到着が遅れているようですけど、何かありましたか?」
「そうですね。何かあったのかも知れませんし、すでに山狩りをしているかも知れないですね。あいつらなら全滅はないでしょうから、何かあったにしても1人ぐらいシギルに到着するでしょうから」
「山狩りですか? それはずいぶんと物騒ですね……そんな人達とジークくんが接触した場合、ジークくんは大丈夫ですか?」
ウィンは冒険者達が遅れている事にソーマの考えを聞く。
ソーマは特に心配はしていないのか薄暗くなってきた外を見て笑顔を見せる。
その言葉にウィンは少しだけ心配になったようで眉間にしわを寄せた。
「ジークならどうにかするでしょう。それに下手をすればあいつの罠で手伝いに来たはずのやつらが一網打尽にされるかも知れないですけどね」
「……ジークくんの罠はそんなに凄いんですか?」
「そうですね。ジークがどれだけあの罠を再現できるかわかりませんけど、再現しだいだとえげつないでしょうね。下手をしたら死人が出るかも」
ソーマはジークと呼び寄せた冒険者達が揉めても面白いと思っているようで楽しそうに笑い、ウィンはソーマの様子に不安になったのか大きく肩を落とす。