第597話
「……しまった。タイミングが悪かった」
「そ、そうですね」
カインからの指示にワームを訪れたジークとノエル。
2人はソーマが駐留している冒険者の店に顔を出すと昼間からソーマ達は酒を飲んでバカ騒ぎしている。
その様子にジークは大きく肩を落とし、ノエルは先日、無理やり、酒を飲まされたためか警戒しているようでジークの背中に隠れた。
「ジーク、ノエル、飲むか?」
「飲まない。ソーマ、カインから頼まれ事、急いで欲しいって」
「カインから?」
ソーマは2人を見つけるなり、酒の入った瓶を手に2人を呼ぶ。
彼の様子にジークはため息を吐くとソーマの元に歩き、彼の前にカインのメモを置く。
カインの名前に先ほどまでバカ騒ぎをしていたソーマの顔が引き締まった。
置かれたメモを手に取り、ソーマは真剣な表情で覗き込む。
「ジークさん、ソーマさん、いつもと違いますね」
「集中すればトップクラスの冒険者らしいからな」
店内が騒がしいなか、ソーマの周りだけは空気が止まっているようにも見える。
ノエルはあまり見ない彼の表情に驚いたようでジークの服を引っ張り、ジークはため息を吐きながら、彼の前のイスに座った。
「ジーク、ノエル、この後の予定は?」
「予定? 俺とノエルは別にシュミット様の方に付き合う理由はないから、フォルムに戻る予定だけど」
「そうか? なら、シギル村まで付き合え。村長やフィアナにも協力して貰わないといけない事もありそうだから、お前達が居た方が動きやすい」
しばらくするとメモを読み終えたソーマは2人に予定を聞く。
彼の質問の意味がわからずに首を捻るジークにソーマはシギル村への同行を頼む。
その瞬間に馬車移動と理解したノエルの顔は青ざめ、身体は小刻みに震え出す。
「……俺、なんかひどい事を言ったか?」
「ノエルは馬車が苦手なんだよ。行くのは良いけどすぐに準備ができるのか?」
「ああ、シギル村の問題が解決したって噂は俺達が出発したらすぐに出して貰う。こっちはすぐにでも行けるぞ」
ノエルの尋常ではない様子にソーマは眉間にしわを寄せ、ジークはため息を吐きながら、常時持っている薬から、酔い止めの薬を引っ張り出してノエルに渡す。
ノエルは馬車に乗りたくないと目で訴えかけるが状況が状況のため、彼女の訴えは当然のように無視される。
ソーマはカウンターの中にいる従業員に馬車を借りる手続きを始め、懇意にしている冒険者達にカインからの指示を伝えて行く。
「ジークさん」
「言いたい事はわかるけど、時間がないんだ。我慢しろ」
着々と出立の準備を始めて行くソーマの様子にノエルは薬も飲んだ後もまだ馬車に乗りたくないと思っているようでジークの名前を呼ぶ。
ジークはレギアスの事が心配ではあるが、自分が感情的になっても仕方ないと冷静に考えているようでソーマに同行すると決めている。
恨めしそうなノエルの声が聞こえるがジークは無視を決め込み、ソーマの準備ができるのを待つ。
「火竜の瞳か? ずいぶんと面倒なものが原因だったんだな」
「面倒なものか? その反応は初めてだな」
ソーマの借りた馬車はそれなりに良いものであり、ジーク、ノエル、ソーマの他にシギル村出身の新米冒険者達を3人乗せた計6人でシギル村に向かう。
馬車を運転するソーマはカインの説明では不足している情報をジークから聞き出しており、ジークとソーマは先日のシギル村の事件の事を聞いている。
火竜の瞳を聞き、ソーマは大きく肩を落とすがジークは今まで聞かなかった火竜の瞳の評価に首を捻った。
「初めて? 他の奴らはなんて言っているんだ?」
「高価なものだ。破壊する事になってもったいないだってな」
「確かにもったいないけどな。だけど、俺は要らないけどな」
高価なものと言う評価にソーマは苦笑いを浮かべるが、彼自身はあまり火竜の瞳に興味がないようでため息を吐く。
「売れば金になるんじゃないのか?」
「なるけどな。それなりにいわくもあるみたいでな。壊れてシギル村みたいに火の精霊が暴走した事件もいくつかあるみたいだしな。カインなら知ってたんじゃないのか?」
「確かに知ってそうだな。火竜の瞳もすぐに見てわかったみたいだし……」
冒険者にとっては報酬も大切であり、首を捻るジーク。
ソーマは過去に起きた火竜の瞳の事件を知っているようで面倒だとため息を吐く。
ソーマに言われた事でジークはカインが何か隠しているような気がしたがソーマに言う事でもないと思ったようで言葉を飲み込んだ。
「カインの事だ。お前達に不都合な事になるような事はしないぞ」
「……いや、おかしな事に巻き込まれ過ぎて不都合な事ばかりなんだけど」
ジークの飲み込んだ言葉に察しがついたようでソーマは心配するなと苦笑いを浮かべる。
その言葉にジークは何か企んでいるカインの顔しか思い浮かばなかったようで大きく肩を落とした。
「思ってもない事を言うな。だいたい、本当に不都合だと思っているならカインの手伝いなんかしないだろ? お前とフィーナはガキの頃から文句を言いながらも結局はカインの後を付いて回ってたからな」
「……」
しかし、ソーマにはジークの腹の中など透けて見えているようで小さくため息を吐く。
ジークは気まずいのかソーマから視線をそらして頭をかいた。
「その反応を見てると明らかだけどな」
「うるさい」
「まぁ、仲良くやってろよ。きちんと自分の事を見てくれる人間がそばに居るのは貴重だぞ。あいつが居なくなると小さな問題だったものが大きな問題になっていきそうだからな」
ジークの反応にソーマはくすくすと笑うと彼の頭を豪快に撫でまわす。
ジークはムッとした表情になりながらもカインを頼りにしている事は自分が1番知っている事も事実であり、反論できないようである。
「お前達が何かを企んでいる事もなんとなく理解してるから、今回みたいに必要な時は呼び出せ、いくらでも力を貸してやる」
「ソーマ1人居てもな」
ソーマはカインがレギアスのために動いている事に何か感じるものがあるようで付き合いの長いジーク達に協力はしてやりたいと笑う。
ジークはその言葉を嬉しく思ったようだが付き合いの長いソーマに素直に礼を言うのは恥ずかしかったのか悪態を吐いた。