第592話
「行きますわよ」
「……朝から何を言ってるんだ? だいたい、どこに行くかわからないけどせめて飯くらい食わせろ」
翌朝、ジークとミレットが朝食の準備をしていると結局、昨晩、泊まったカルディナがジークを指差して高圧的に命令する。
しかし、ジークはカルディナのわがままについていけないようでため息を吐きながら、朝食の準備を続けて行く。
「生意気ですわ。エルア家の血を引いていると言う妄想に憑りつかれて私を見下すつもりですわね。その妄想を打ち砕いてあげますわ!!」
「信じてなかったんだな」
「当然ですわ。名門になると血縁だと言ってくる下郎がいくらでも湧いてきますから、そこまでは卑しくないとは思っていたのですが、私の思い過ごしだったようですわ」
カルディナは昨晩、ジークがエルア家の血筋に当たる事をいまだに信じていないようであり、今まで少しずつ見直していたジークへの評価は地に落ちたようで汚物を見るようにジークを見下している。
「……別に血だ家だで見下すつもりはまったくないけど俺はこれに付き合わないといけないのか?」
「そうですね。カルディナ様の勘違いを訂正するのも大切だと思いますよ」
「こういう時こそ、お姉ちゃんとしての資質を見せてあげたらどうですか?」
彼女の様子に大きく肩を落とすジーク。
ミレットは彼が困っている様子が楽しいのかくすくすと笑っており、このやり取りを見ていたのかカルディナの後ろからカインが顔を覗かせて笑う。
「そ、それは気が付きませんでした。ジーク、待っていてくださいね。今、カルディナ様を説得する方法を考えますから」
「……それはもう良いです。カイン、お前もおかしな事を言うな」
「1度くらい言ってあげたら良いじゃないか」
カインの冗談じみた言葉にミレットは少し考え込み、ジークはいい加減疲れてきたようで眉間にしわを寄せた。
ミレットに振り回されているジークの様子が楽しいようで彼をからかう。
「そうです。1度くらい言ってくれても良いじゃないですか」
「……俺が怒られる流れなのか」
「なぜ、私を無視するんですか!!」
ミレットはカインの言葉に大いに賛成し、ジークは意味がわからない流れに大きく肩を落とす。
3人の会話に完全に無視された形のカルディナは声を上げた。
「そう言うわけじゃないけど、とりあえず、俺はカルディナ様を見下すつもりもないし、仮にエルア家の血が流れてようが跡目を継ごうなんても考えてもないし、騒ぎ立てるな」
「……信じられませんわ」
「と言うか、誰に聞くか知らないけど、確認した人が認めたら素直に認めるのか? それなら、付き合うけど朝飯を食ってからにしてくれ」
彼女の声にジークはため息を吐くとカルディナに冷静になるように言う。
その言葉にカルディナはジークへと鋭い視線を向け、彼女の相手をするのが疲れてきたジークは折れて頷いた。
「素直に言う事を聞けば良いのですわ」
「わかった。わかった。とりあえず、席に着いててくれ。ここに居座られると準備が進まない」
「ジーク、いつになったら、ご飯が出てくるのよ!!」
カルディナはジークが自分に従った事に満足そうに頷く。
ジークは速くキッチンからカルディナを追い出したいようであり、彼女に居間に移動するように言った時、フィーナがキッチンに顔を覗かせて大声を上げる。
「……フィーナ、文句を言うなら、せめて手伝え」
「いやよ」
「……なんで、朝からこんなに疲れる事ばかり続くかな」
彼女の登場に眉間にしわを寄せるカインは朝食の準備の手伝いを提案するが彼女は即座に拒否し、ジークは理不尽なものを感じながら大きく肩を落とした。
「とりあえず、座って待っていてください。もうすぐ出来上がりますから」
「ほら、フィーナもカルディナ様も行くよ」
ミレットがフィーナに落ち着くように言うとカインは邪魔になると思ったようで2人を引きずってキッチンを出て行く。
「で、カルディナ様は誰に確認する気なんだ? おっさんはないだろうから、ティミル様か?」
「そうですわ。お母様はレギアス様の弟の事も知っているでしょうし、あなたの妄想を打ち砕いて差し上げますわ」
「あの、状況がまったく理解できないんですけど」
朝食の準備を終えて食事を始めるとジークはカルディナに今日の予定を聞く。
カルディナはジークを王都に連れて行くと言い、状況を理解していないノエルは首を捻っている。
「カルディナ様はジークがレギアス様の甥だって信じられないんだって」
「信じられないって、レギアス様の後継者のミレットさんが言ってるんだから間違いないんでしょ。何を言ってるのよ?」
「そうなんですけどね。でも、他の人の言葉を聞くのも大切かも知れないですね」
苦笑いを浮かべたカインはノエルに簡単に説明するとフィーナは朝食を頬張りながら、カルディナが何を言いたいのかわからないと言う。
自分の言葉を信じて貰えていない事に苦笑いを浮かべるミレットはカルディナに付き合うのも良いと思っているようで彼女を説得する事はない。
「と言う事で、俺は王都に行く事になった……最近、テッド先生の診療所に行ってないんだけど、俺は何しにフォルムに来たんだろうな」
「ほ、本当ですね。ジークさん、王都に行くならフィリム先生にこの間の魔導機器の話を聞いてきませんか?」
「そうだな……って言っても、そんなすぐに何かわかるのか?」
ジークは最近、フォルムに居ない事が多いため、自分が何をしているのかわからないようで大きく肩を落とす。
ノエルは当然、ジークに同行するつもりであり、魔術学園にも行こうと言う。
ジークは頷くものの、まだ、何もわかっていないと思っており、首を捻った。
「まだ、何もわかってないだろうね。あ、そうだ。ジーク、魔術学園に行くなら、火竜の瞳の欠片をいくつか持って行ってよ。フィリム先生に預けてくれれば良いから」
「再加工すれば使えるかも知れないんだったか? バーニアには渡さなくて良いのか? これが使えれば凄い武器ができるんじゃないのか?」
「使えるようにならないと渡しても仕方ないだろうからね。頼むよ」
カインは王都に寄るなら、昨日の火竜の瞳の欠片を持って行くように言い、ジークは特に断る理由もないため、素直に頷いた。