第591話
「……なんか、色々と考えてたのがバカらしくなってきたな」
あの後、ミレットにレギアスが何を考えているか聞いたジークだったが、聞かれれば話すつもりだったと言っていた割に彼女に上手い具合に交わされてしまった。
他のメンバーが寝静まった頃、ジークはのどが渇き、キッチンを訪れる。
一口、水を飲んだ時、ウィンからトリスとレギアスの関係を聞き、色々と考えてしまった事をミレットは笑顔でかわして行った。
彼女は全てを知っていても変わる事はなく、また、カルディナだけは納得していないようであったが後で合流したレインも血ではなく、ジーク=フィリスと言う個人で見てくれていた。
その事が嬉しい反面、どこかで両親であるトリスとルミナが何を考えているかわからずに納得ができないものもあり、乱暴に頭をかく。
「眠れないんですか?」
「……ミレットさん? そう言うわけではないですけど」
「顔にはそうは書いていませんよ。ほら、お姉ちゃんに話して楽になってみませんか?」
その時、キッチンから灯りが漏れているのに気が付いたのかミレットが顔を出し、ジークを見つけて声をかける。
何でもないと首を振るものの、顔を見ればジークが悩んでいる事はまるわかりのようでミレットはまたも自分が姉である事を強調して言う。
「その冗談、どうにかなりませんか?」
「冗談と言うわけではないんですけどね。私は血が繋がった家族がいないので、ジークと家族になれれば良いなと思ったんです」
「そうなんですか?」
彼女の冗談にため息を吐くジークだが、ミレットは少しだけ寂しそうに笑う。
その表情は祖母であるアリアが死んで家で1人だった時の自分の表情を重なり、ジークは息を飲んでしまった。
「はい。私は戦争孤児ですから」
「……すいません。俺、何も知らないのに」
ジークの表情にミレットは表情を元に戻すとあっさりと自分の過去を話す。
それはいつも笑顔でいる彼女が持っている重たい過去であり、ジークは反応に困ったようで謝罪の言葉しか出てこない。
「気にする事はないですよ。私だってジークの過去を知っていたわけですから、気にして欲しくはないです。それにジークの周りにはいろいろな生き方をしてきた人が集まっています。その生き方の1つです」
「だからと言っても」
「あなた達が目指す世界は何ですか? それを目指す上で私と同じ立場の人に出会う事もあると思います。すべてを気にしてばかりではいけません。ただ、戦争は過ちです。取り戻せる過ちもあれば取り戻せない過ちがある事を忘れないでください」
ジークが考えているほどミレットは気にしていないようで首を横に振る。
それでも何か言おうとするジークだが、言葉は続いてこず、ミレットは自分のような立場の人間は多くいると笑う。
「それはわかってます。これでも見習いとは言え医師の端くれですから」
「そうですね。それと人として取り戻せる過ちの方も忘れないでくださいね」
「取り戻せる過ちですか?」
ミレットが言っているの取り戻せない過ちとは命の事を表しているのがわかる。
ジークは真剣なまなざしで彼女を見据えて頷いた。
ミレットはジークの表情に嬉しそうに笑った後、もう1つの過ちを強調して言う。
しかし、ジークはもう一方の過ちの方はぴんと来ないのか首を捻った。
「そうです。取り戻せるものから目をそらしてしまうのは悲しい事ですから」
「……悲しい事ですか?」
「はい。目をそらしているものはジークにとっては過ちに見えるかも知れません。ただ、それも多くの人につながっています」
ジークは彼女の言葉を反復するようにつぶやいた。
ミレットはジークに言い聞かせるように言う。
その言葉はジークが目をそらそうとしている両親の事を言っているようであり、ジークは表情をしかめる。
「すぐには許せないかも知れません。ただ、トリス様とルミナ様の事をもう少し考えてあげてください。ジークがお2人を否定してしまうと私はこの場所に立っていられなくなりますから」
「……どういう事ですか?」
「戦争に巻き込まれた私を助けてくれたのはジークのご両親であるトリス様とルミナ様なんです。1人になった私は行く当てもなく、あのままならきっとどこかでのたれ死んでいたでしょう。そんな私を不憫に思ったのかお2人は私をトリス様の兄上であるレギアス様に預けられました。2人はジークも知っている通り、どこかに駐留する事ができませんから、子供を育てる環境にはありませんからね」
彼女の言葉の意味がわからずに首を捻るジーク。
ミレットは戦争孤児になった時の事、そして、ジークの両親であるトリスとルミナは自分の命の恩人である事を告げた。
「……そうなんですか?」
「その時にジオスに預けていただければ、今頃、ジークにお姉ちゃんって呼んで貰えたかも知れませんね」
「……どうして、そこで話をおかしな方向に持って行くんですか?」
ジークがミレットと出会えたのは両親の生きた軌跡であり、ジークは小さく頷く。
そんな彼の様子にミレットは姉と呼んでくれないジークの事が不満のようで頬を膨らませ、ジークは真面目な話から急に方向転換した事に大きく肩を落とした。
「それは私には家族って言える人が今はいませんから、やっぱり、1人は寂しいじゃないですか?」
「家族が欲しいですか? ……いえ、なんでもないです」
「ジークは素直じゃないですね」
ミレットは自分1人だと言うとジークは何かを言おうとするが言葉にするのは抵抗があったようで言葉を飲み込む。
ジークが飲み込んだ言葉にミレットは察しがついているようでくすくすと笑い、ジークは気まずそうに視線をそらして頭をかく。
「別にそう言うわけじゃないですけど……変な事を言うとどこかで聞いてそうな人間がこの屋敷にはいるから」
「カインは眠っていても使い魔を飛ばしていそうですからね」
ミレットはカインなら何かやっていてもおかしくないと言い、ジークは1度、キッチンにジークの使い魔がいないか周囲を見回す。
「まぁ、とりあえず、いろいろと考えてみます」
「そうですね。私の呼び方とかいろいろと考えてください」
「……そこは譲ってくれないんですね」
使い魔がいない事を確認し終えるとジークは両親の事も少し考えてみると言う。
ミレットはまだ姉と呼ばれる事を諦めていないようで笑顔を見せ、ジークは眉間にしわを寄せた。