第590話
「……ジーク」
「わ、わかってる」
ミレットが帰宅し、夕飯の準備を始めているなか、フィーナがジークを肘で突く。
その行動はジークがミレットに真実を聞くのに腰が引けているのに気が付いた上での行動であり、ジークは自分を落ち着かせるために深呼吸を1度するとキッチンに入って行く。
「ミレットさん、手伝う事ってありますか?」
「そうですね。今日は大変だったでしょうし、休んでいても良いですよ」
「そ、そうですか」
ジークは話すきっかけが必要だと思ったようで夕飯の手伝いを申し出るがミレットに軽く流されてしまい、逃げるように居間に戻る。
「何で戻ってくるのよ」
「いや、タイミングが悪くて」
「あなた達は何をしているんですか?」
逃げ帰ってきたジークを見てため息を吐くフィーナ。
ジークは気まずそうに首筋をかき、2人の様子に今の状況がわからないカルディナはため息を吐いた。
「いや、なんと言うか……聞きにくい事があってな」
「聞きにくい事ですか? ノエルがいるのに私のスリーサイズが知りたいんですか?」
「……ミレットさん、おかしな事を言わないでください。ノエルの視線が痛いんで、後、音もなく背後に立たないでください」
カルディナに話す事でもないと思ったジークは何とか誤魔化そうとするが、そんなジークの背後からミレットの悪質な冗談が聞こえる。
その言葉と同時に心配そうにこちらを見ていたノエルからは無言の圧力が向けられ、ジークは顔を引きつらせた。
「それで何かありましたか? 今日は様子がおかしいですけど」
「そ、そうですか?」
「そうですね。いつもなら手伝ってくれるなら、何も言わずに何かやってくれるじゃないですか。話をするきっかけを探しているような話し方だとおかしいなと思いますよ」
ミレットはジークの様子がおかしかった事に気が付いており、どうしたのかと聞く。
ジークはいつも通りだと言いたげだが、フォルムにきてからそれなりに長い時間を共にしていたミレットから見るといつもとは違うと首を横に振った。
「ジーク、もう聞いちゃえば良いでしょ」
「そ、そうだな。あの、ミレットさん」
「どうしました? レギアス様とジークのお父様のトリス様がご兄弟だと言う事を聞きたいんですか?」
フィーナは待ちきれなくなったようでジークに強く言い、ジークは真剣な表情でミレットの名前を呼んだ。
しかし、気合を入れたジークをあざ笑うかのようにミレットはさらっと彼の聞きたかった事を話し、その場には微妙な沈黙が訪れる。
「違いましたか?」
「い、いや、確かに合っているんですけど、そんなにあっさりと話して良い事なんですか?」
「別にレギアス様からは口止めもされていませんし、ワームを出て行ったトリス様の事も聞かれませんでしたから」
周囲の反応が楽しいのかミレットはくすくすと笑っており、何とか平静を取り戻したジークは眉間にしわを寄せて聞き返す。
ミレットは止められていたいなかったと言うが、真実を知らなかったジークから見れば聞くような機会はない。
「それでどうして、突然、トリス様の事を聞こうと思ったんですか?」
「い、いや、シギル村の村長が父さんと母さんと何度か仕事をしたらしくて、そこで父さんとレギアス様が兄弟だと聞きました」
「ま、待ちなさい。何をおかしな妄想を言っているのですか。とうとう、頭がいかれてしまったのですか?」
夕飯の準備はしばらく手を放しても良いようで居間に移動する。
ミレットはジークの次の言葉を誘うとジークはどこから始めて良いのかわからずに自分が真実を知った状況を話す。
カルディナは状況についていけないようでジークの妄想だと言い切り、ため息を吐くが周囲の反応は冷たい。
「……本当なのですか?」
「はい。本当ですね」
「そのようです」
カルディナはどこかでこの悪質な冗談が終わると思ったようでカインとセスに助けを求めるが2人は彼女の希望をあっさりと砕く。
「あの、ミレットさん、レギアス様はジークさんを後継者にしようと考えているんですか?」
「ノエルは私の事を用済みだと言うんですね」
「そ、そういうわけじゃありません!?」
ジークとレギアスが血縁関係にあると言う事で抱いてしまった不安を口に出す。
その言葉にミレットはノエルに用済みだと言われたと口を尖らせ、ノエルは彼女を傷つけてしまったと思ったようで慌てて首を横に振った。
「レギアス様はジークを後継者にしようとは考えていませんよ。アリアさんが亡くなったと話を聞いた時にジオスに居るジークを見て諦めたそうです。それで私を後継者にしようとエルア家の養女にすると言われましたので」
「……それは俺が後継者になれるような人間じゃなかったって事か?」
「違います。ジークはジオスの村にしっかりと居場所を持っていましたから、突然、伯父だと名乗る人間が現れてもジークはジオスを離れる事はできなかったでしょう?」
ノエルの反応にくすくすと笑った後、ミレットは表情を引き締めてレギアスの考えを話す。
それはジークにとってはどこかでレギアスに認められていないのだと感じてしまったようであり、少しだけ寂しそうに笑う。
彼の反応にミレットは優しげな声で笑った。その言葉はレギアスがしっかりと甥であるジーク=フィリスと言う人物を見極めた証拠である。
「……そうですね」
「だけど、聞かれなかったって言ったって、レギアス様が止めてなかったなら、話してくれても良かったんじゃないの?」
「私はジークに言いましたよ」
ジークはジオスから離れる気はないため、小さく頷くとフィーナはミレットが秘密にしていたのが面白くないようで頬を膨らませる。
その様子にミレットはジークには話したと言い、ジークへと視線が集まった。
「き、聞いてないですよ。そんな事、いつ、言いました?」
「ほら、前に私の事をお姉ちゃんと呼んでって、私はレギアス様の養女になるわけですから、私とジークの関係は従姉弟になるわけですし」
「……そう言われれば言われたような気がする」
慌てるジークにミレットはくすりと笑い、ジークは以前に言われた冗談が本当だったと気づき、眉間にしわを寄せた。