第589話
「ただいま。ぐふっ!?」
「クーちゃん、お帰りなさい……私が抱き付きたかったのはこんなものではありませんわ!!」
「……本当に居たわ」
フォルムに戻り、ジークが玄関のドアを開けた時、カルディナがジークに飛びつき、彼の鳩尾をえぐる。
人1人の突撃は不意打ちであり、ジークは後方に吹き飛び、地面に背中から倒れ込んで頭を打ちつけた。
カルディナはジークをクッションにして地面にぶつかる事はなく、抱き付いたのがジークだと気が付き舌打ちをし、その様子にフィーナは大きく肩を落とす。
「ジークさん、大丈夫ですか!?」
「クー、クー」
「カルディナ様、少し落ち着いてください。このような遠方でケガをされては困りますから」
地面に転がったジークを心配して駆け寄るノエルとクー。
クーを見つけて再び飛びつこうとするカルディナだが、カインはため息を吐いて彼女の首根っこをつかんだ。
「お兄様、放してください。私にはクーちゃんを愛でると言う使命が」
「……そんな使命があってたまるか」
カインの手から逃れようと身体をばたつかせるカルディナ。
ジークは頭を押さえつけながら立ち上がり、カルディナを睨み付けるとクーはカルディナの事が嫌いだと態度で示すようにそっぽを向いてしまう。
「クーちゃん、なぜですか!?」
「……学習能力がないわね」
「フィーナに言われたら終わりだよね。とりあえず、中に入ろうか?」
クーの様子にショックが隠せないカルディナは大きく肩を落とす。
彼女の様子にため息を吐くフィーナだが、彼女が言っていい言葉ではなくカインは眉間にしわを寄せると玄関先で騒いでいるのもおかしいと思ったようでカルディナを引きずって屋敷の中に入って行く。
「セス、帰ったよ。どう、シギルに送る物資は集まった?」
「ええ、とりあえずは当面のものは準備ができました。それで原因は解決できたんでしょうね?」
居間にはセスがシギルに送る物資についての書類をまとめており、カインはセスの仕事を覗き込む。
セスは真剣な表情で書類を見入っているカインへと視線を向けるとシギルの事について聞く。
「解決したよ。あまり、後味は良くなかったけどね」
「後味が悪い?」
「事件を起こした人間まではたどり着けなかった事です。もしかしたら、わたし達は何もできなかったのかも知れません」
カインは苦笑いを浮かべて解決した事を話すが、彼の様子にセスは眉間にしわを寄せる。
ノエルは表情を曇らせながら、解決などしていないのではないかと不満を漏らした。
「そうですか……」
「まぁ、考えても仕方ないね。ただ、良い物は手に入ったから、どうにか使えないかな? とは思ってる」
「良い物ですか? ……カイン、あなたは何をしたんですか!? こ、こんなものをどうしてあなたが持ってきたんですか? それもこんなに粉々にして、弁償なんてできませんよ」
ノエルの様子に難しい表情で頷くセス。
カインは彼女の前に破壊された火竜の瞳を置く。
何かと思い覗き込んだセスは火竜の瞳の状態を見て顔を真っ青にするとカインの胸ぐらをつかむ。
「高価なものだって聞いていたけど、やっぱり、高いんだな」
「セスさんの様子を見るとそうね。ジーク、お風呂、先に借りるわよ。ノエル、行こう」
「は、はい」
セスの様子に火竜の瞳の価値を思い知らされたジークはため息を吐くがフィーナは興味がないのかノエルの手を引っ張って居間を出て行く。
「セスさん、カインは悪くないんで落ち着いてください」
「何を言っているんですか? 火竜の瞳ですよ。私が知る限り、ハイム国には片手で数えるくらいしかないものです」
「そんなものを壊してまで何をしたかったんだ? ……なあ、カイン、そこまで数が少ないものなら、どうにか調べ上げられないのか?」
セスを落ち着かせようと声をかけるジーク。
しかし、セスの顔は真っ青であり、貴重なものを壊してしまったと言う事実にすでにどうして良いのかわからないようで涙目である。
彼女の様子にどう対応して良いかわからないジークは頭をかくが貴重なものだとすれば逆に調べようがあるのではないかと思ったようでカインに聞く。
「そうだね。取引をしたとなるとかなり大金が流れてるだろうしね」
「……火竜の瞳ですか?」
セスの手を外したカインは苦笑いを浮かべて頷く。
カルディナは話を聞きながら、何か思う事があったようで砕けた火竜の瞳の1つを手に取る。
「何か知ってるのか?」
「十数年前に没落した貴族の家で保管されていたと聞いた事がありますわ。そこの家はメルトハイム家に仕えていたらしいのですが、先代の国王様のお兄様が亡くなった時に長く仕えてくれた礼としてメルトハイム家から賜ったと聞いていますが、生き残るために売ってしまったのかも知れませんね」
「後は貴族には無駄な浪費癖の人間が多いから、自分達が豪遊するために裏で売ってしまってる人間はいるかもね。そうすると探すのは少し難しいかな」
カルディナはリュミナが跡を継ぐ事になっているメルトハイム家で管理されていた事があると言うが、その先はわからないと首を横に振った。
カインもハイムにいくつか火竜の瞳を所持していた人間がいる事は知っていたようだが、それだけでは探すのは難しい言う。
「そうか? いい考えだとは思ったんだけどな」
「まぁ、ただ、こんな高価な物を砕いてまで何かしたい事があったって考えると裏に居るのはよっぽどの資金力を持った人間だろうね。こんなものを買い取って破壊までしてるんだ。そう考えるとどこを通ってきたかはいくつか予想する事が出来るよね?」
「……ガートランド商会?」
ジークはいい考えだと思っていたようで否定された事に肩を落とす。
その様子にカインはジークの成長を感じ取ったようでくすりと笑うと答えは出なくてもジークの考えは間違っていない事を告げる。
カインの言葉から導き出される答えの1つにジークは先日から活発に動き回っている人間がいる事を思い出す。
「それも予想を立てられるところの1つだね。ただ、今のところは証拠をつかめてるってわけじゃないからね。こちらからは何も仕掛けられないよ」
「そうだな……面倒な事にならなければ良いけど」
カインもジークと同じ事を考えていたようであり、苦笑いを浮かべる。
ジークは血の上では自分の祖父であるギムレットがガートランド商会と繋がっている事もあり、厄介な事が起きて欲しくはないと大きく肩を落とした。