第588話
「火竜の瞳? そんな物が川の上流にですか?」
「はい。原因を取り除いた事で精霊達のバランスも元に戻りました。徐々に川の流れも元に戻ると思います」
「そうですか。ありがとうございます」
体力が底をついたノエルとフィアナを連れて何とかシギル村に戻る。
カインはウィンに川の水量が減った原因を取り除けた事を報告するとウィンは安心したようで胸をなで下ろした。
「誰がこんなものをわざわざ、あんなところまで運んで破壊したんだ?」
「村長さん、昔の恨みとかないですよね?」
「わかりませんね。冒険者は時に対立する事もありますから、些細な事と思っていても相手がどう思っているかはわかりませんし」
火炎獅子のマントの中から冷えた火竜の瞳の欠片を手に取り、ジークは首を捻る。
フィアナは言い難そうだが、今回の原因がウィンの冒険者時代に恨みを買った可能性はないかと聞く。
ウィンは首を横に振ると困ったように笑う。
その様子から彼にも思い当たる伏しはいくつかあるのかも知れないが、推測で話して回る事でもないと思っているようである。
「だけど、これってかなり高価な物なんでしょ。買ったとしたら、もったいないわよね」
「宝玉だからね。火の魔法が得意な魔術師なら、のどから手が出るくらい欲しいだろうね」
火竜の瞳が高価だと聞かされていたフィーナはもったいないと言いながら欠片の1つを取り、覗き込むが完全に砕かれた事で特殊な力は失われている。
カインももったいないとは思っているようでため息を吐くものの、シギルの村の人達の安全とは比較にならないとも思っている。
「火の魔法か? フィアナは欲しかったんじゃないのか?」
「それは高価な物でしょうし。貰えたなら嬉しいですけど、今なら売ってシギルの復興に使います。それに割れてあんな風になるなら怖くて持てませんから」
「そうですね。どこかで割れて一帯が溶岩地帯になると大変ですから」
ジークの目から見てもフィアナの火の魔法はかなりの物であり、少し意地悪な質問をする。
フィアナは今回、自分はあまり役に立っていないと思っているようであり、同じような事件を起こしてしまっても何もできないと言い、ノエルも同じことを思っているようで大きく頷いた。
「そうだね。ノエルが持ってたら、何かの拍子に落として壊しましたとかやりそうだからね」
「そ、そんな事はしません!?」
鈍いノエルの事を考えた時に宝玉のようなものは簡単に破壊されてしまうのではないかと思ったカインは小さく肩を落とす。
ノエルは全力で否定しようとするがフィーナは彼女の肩を優しく叩いた。
「とりあえず、火竜の瞳は俺が預かっても良いでしょうか? 割れたとは言え、高価な物ですから加工すれば少しくらい力を取り戻すかも知れませんから」
「そうですね。今回の件ではシギル村からは報酬のようなものは出せませんのでお願いします」
カインは依頼完遂として報酬代わりに火竜の瞳を貰う事を告げる。
ウィンは反対する理由もないようであり、頷いた。
「それじゃあ、フォルムに戻るか?」
「そうだね。あまり、フォルムの仕事をセスに押し付けてると俺が怒られちゃうからね」
「と言うか、公務をほったらかして動き回るエルト王子と領地運営をほったらかして他の場所の問題に首を突っ込むお前は似た主従関係に見えてきたぞ」
シギル村の件が片付いたため、ジークはフォルムに戻ろうと言う。
カインはすぐに頷くと領地運営をセスに押し付けている後ろめたさもあるようで苦笑いを浮かべた。
その姿はエルトと重なり、ジークはため息を吐く。
「もう帰ってしまうんですか?」
「そうよ。せっかく一仕事終えたんだから休ませなさいよ」
フォルムに戻ると聞き、残念そうな表情をするフィアナ。
フィーナはだらだらさせろと文句を言い始める。
「帰るよ。ジークにまだ一仕事残ってるわけだし。それに明日か明後日には転移魔法で戻ってこれるんだから」
「ジークの一仕事? ……そうね。フィアナ、名残惜しいなら、今日はフォルムに止まる?」
「えーと、さすがにジークさんのご家族の話に立ち入るのは気が引けますので遠慮します。あの、今回は助けていただきありがとうございました。皆さんが協力してくれなかったら、村はダメになっていたと思います」
フィーナの態度にカインはため息を吐くがジークにはミレットからフォルムにきた本当の理由を聞き出すと言う大仕事が残っている。
それもあり、カインはフィーナを促し、フィーナも気になるようで立ち上がり、フィアナに声をかけた。
フィアナは困ったように笑うと改めて、ジーク達に向かい感謝の言葉を言い、深々と頭を下げる。
「気にしない。それにフィアナがいなかったら今回は解決できなかっただろうし、村長さんは優秀な後輩を育てる事が出来ていて羨ましいです」
「そんな事はありません。私が何かを教える事が出来てもそれをどう思うかはこの子達しだいですから、年寄は子供達の選択肢を増やしてあげる事しかできません」
「あんたは性格が悪いから、誰も言う事を聞かないからね!?」
カインはフィアナの力があってこそ解決できたことだと言うとフィアナを1人前の冒険者に育て上げたウィンの功績は大きいと誉め、ウィンは首を横に振った。
フィーナはカインとウィンの違いは性格の悪さが原因だと言い、カインに頭を叩かれる。
その様子をウィンは優しげな笑みを浮かべて見ている。
「それでは失礼します……」
「おい」
「悪いね。魔力を使いすぎた。ジーク、頼むよ」
改めて、フィアナとウィンに頭を下げるとカインは転移魔法の詠唱に移ろうとするが、魔法は発動する事はない。
その様子にジークは眉間にしわを寄せるとカインの魔力が底をついたと苦笑いを浮かべた。
「フィーナ」
「はいはい。まったく、何やってるのよ?」
「仕方ないですよ。カインさんはずっと使い魔さんを出していたんですから」
ジークはため息を吐くとフィーナから預けていた転移の魔導機器を受け取る。
フィーナは最後が締まらないと言いたいのかカインを睨み付けるがノエルはどれだけカインが大変な事をしていたか理解しているため、フィーナをいさめようとする。
「帰るぞ。それじゃあ、村長さん、お世話になりました。フィアナもまたな」
そんな中、ジークはこのままではいつまでたってもフォルムに戻れないと判断したようで2人に頭を下げると転移の魔導機器を発動させてフォルムに戻る。