第575話
「……立場と考えか?」
「クー?」
ジークはウィンの屋敷を出てからシギル村の中を歩いていたがゆっくりと考えたいと思ったのか村の外れに座る。
カインに言われた言葉をかみしめるようにつぶやくとクーはジークの後を追いかけてきていたようで膝の上に降り、彼の顔を見上げた。
「……あいつはレギアス様の事とワームの事を考えて冒険者になったのか?」
祖父と知ったギムレットが執着していた父親トリスとレギアスの関係。
ラースやフィリム、ティミルの口から多少は聞いていた事もあり、いくつか頭の中でつながった。
父親がワームを出て行った理由、ギムレットが今もトリスに執着している場合、ジークを連れて歩いて居れば自分にも危険が及んだ可能性も考えられる。
もしかしたら、祖母アリアに自分を預けたのは自分のため? と言う思いとそれでもそばに居て欲しかったと言う思いが頭の中でぐるぐるとまわって行く。
まとまらない頭の中にジークは乱暴に頭をかいた。
「クー?」
「クー、お前はどっちが良かった? 成り行きとは言え、俺みたいのを親だと思い込んで、本当の両親と一緒に居たいと思わないか?」
ジークの様子がいつもと違うと思ったのか、クーは心配だと言いたいのか彼の顔を見上げて声を上げる。
その声にジークは苦笑いを浮かべると答えるわけのないクーに疑問を投げかけた。
それは自分の中の思いを吐露する言葉である。
「……わかんねえな」
「何、珍しく考え込んでるのよ?」
「うるさいのが来たな」
考えても答えのない問題に頭をかいた時、フィーナがジークを見つけて隣に座る。
考え事をしている時のフィーナほど邪魔なものはなく、彼女の顔を見るなり、ジークは顔をしかめた。
「ブッ飛ばされたいの?」
「遠慮する、と言うか、用がないならどこか行けよ。俺はお前の相手をしてるほどヒマじゃない」
「ヒマじゃないって、どうせ、うじうじ考えてるだけでしょ。考えて何か変わるの?」
フィーナはジークの胸ぐらをつかもうとするが、膝の上にクーが乗っている事に気づき、手を引っ込める。
ジークは個人的な問題のため、フィーナに口を挟んでもらいたくないため、彼女を追い払うように手で払う。
その様子にフィーナはため息を吐くと考えるだけ無駄だと言う。
「変わるんじゃないのか? それなりに、前におっさんやティミル様にフィリム先生にもいろいろと言われた事があるし」
「変わらないわ。どんな理由があったって、ジオスに戻ってこないのはおじさんとおばさんでしょ。子供の頃なら、まだしも今なら普通に会いに来ることだってできたでしょ。それをやらないのは2人なんだから、それに前にレギアス様のお屋敷からおばあちゃんの薬の資料を勝手に持ち出したって言ってたし、来ようと思えばいくらでも来れたでしょ」
「そう言われればそう言う気がするな」
首を捻るジークにフィーナはきっぱりと切り捨てる。
彼女の言い分ももっともであり、ジークはどこかに縋り付こうとしていた自分に気が付いたようで頭をかいた。
「悩んだって変わらないでしょ。もし、おじさんとおばさんがあんたの前に来たらブッ飛ばすくらいで良いのよ。あんたがやらないなら、私がやるわ」
「……フィーナ、前から知ってたけど、やっぱり、バカだな」
「……いや、一緒にするのはバカな人達に失礼だと思うね」
勢いよく立ち上がり、ジークの両親をブッ飛ばすと宣言するフィーナ。
彼女の様子にジークは頭が痛くなってきたようであり、手で頭を押さえると2人の話を立ち聞きしていたのかカインは大きく肩を落とした。
「何よ? 私だってムカついてるのよ。おじさん達の考えもちょっとはわかった気がするけど、やり方だってあったんじゃないの?」
「だからと言っても、短絡的すぎるだろ」
「自分で考える頭のない人間が言うのは簡単で良いね」
ジオス村で小さな頃からジークとともに過ごしてきた彼女にはジークの複雑な気持ちより、怒りを優先させるべきだと思っているようで自分の感情のまま言う。
感情的な彼女の様子にジークは冷静に頭が動き出してきたようでため息を吐くとカインはジークとフィーナを交互に見た後、苦笑いを浮かべる。
「何よ?」
「別にバランスが良く育ったなと思ってね。ただ、立場もあるとは思うけど、心に従う事も時には必要だと言う事も覚えておくと良い。フィーナみたいに従いすぎるもの良くないけど、ジークはもう少し本心を言ってあげないとね」
「本心ねえ……別に隠してるつもりもないけど」
カインの様子が気に入らないのかフィーナは不機嫌そうな表情をするがカインは気にする様子もなく笑った後、すぐに表情を引き締めて言う。
それはジーク自身も理解していないもののようであり、ジークは意味がわからないと言いたいようで頭をかいた。
「それなら良いよ。そろそろ、戻らないとセスが帰れないから戻るよ」
「セスさんが……あー」
「クー?」
カインはセスがフォルムに戻るからと言うとジークは転移魔法があるため、自分が戻る必要はないと思い意味がわからずに首を傾げるがすぐに膝の上に乗っているクーを見て納得したようで苦笑いを浮かべた。
しかし、当の本人であるクーは自分がセスと一緒にフォルムに戻るとはまったく考えていないようで首を傾げている。
「戻るか?」
「そうね。ノエルとフィアナだけだと夕飯づくりが大変だから」
「フィーナ、逃げ出してきたお前が言うな」
ジークはクーを抱き上げたまま、立ち上がると服についた葉を手で払う。
フィーナはジークの表情がいつも通りになっているのを確認したようで笑顔で頷くがジークに夕飯づくりをさせる気のように見える。
カインはフィーナの様子にため息を吐くとウィンの屋敷に戻れと促したいのか彼女のお尻を叩く。
「どこを触ってるのよ!?」
「実妹のを触ったって嬉しくもないから、さっさと歩け」
「お前は何をしてるんだよ?」
フィーナは驚き声を上げるがカインは呆れ顔で言う。
その様子にフィーナはふて腐れ顔で先を歩き出して行き、ジークは2人の様子に大きく肩を落とす。
「別にフィーナがいると何かと面倒だからね。ジーク、もし、おじさんとおばさんを前にして悩んだらその時は任せておけば良いんだよ。言いたい事があるのはジークだけじゃないからね」
「……そうだな」
「……フィーナには悪いけど、そう言うのは兄貴の役目だろうしね」
カインの言葉にジークは照れくさいのか首筋を指でかくとフィーナを追いかける。
遠くなって行くジークの背中にカインは小さくつぶやくと2人の後をゆっくりと追いかけるように歩いて行く。