第568話
「水不足? 川の上流に何かあったのかな?」
「そう言う事だろうな。それで水やら食糧やらを送ってるんだって……言っておくが連れて行かないぞ」
フィアナの村の事を聞いて首を捻るライオ。
ジークはフィアナが大変だと言うとライオを疑っているようで彼が何かを言う前に却下する。
「どうして、ジークもノエルも疑うかな? まだ何も言ってないじゃないか」
「日頃の行いだろ」
「兄上に比べたら、無茶は言ってないつもりなんだけどね」
不服そうに口を尖らせるライオだが、ジークは彼の意見を聞く気などさらさらない。
ライオは説得が難しいと思ったのかポリポリと首筋をかくと自分の事を棚に上げて言う。
「俺に言うな。だいたい、俺としてはエルト王子にも1人で出歩かないで貰いたいんだ。俺は当たり前の事を言ってるんだ。文句を言うな」
「ジーク、知ってるかい? 研究や発見と言うのは当たり前の常識を否定する事から始まるんだよ」
「だとしても、俺は研究者じゃないからな。とりあえず、忠告はする。そうしないとシュミット様の胃に穴が開きそうだ」
ジークはライオだけではなく、エルトにも巻き込まれているため、立場を考えろと強く言う。
ライオにはライオは自分の考えを述べるがそれは研究者としての考えも混じっており、ジークはため息交じりで却下する。
彼の言葉の中には王都に戻ってから、働きっぱなしであろうシュミットを気づかうものも含まれている。
「この間、カインと仕事の話をしてる時にも調子悪そうにもしてたからな、研究だって好き勝手やってる人間がわがまま言ったって説得力がないぞ」
「私は好き勝手やってるように見えるかい?」
「少なくとも王族と言う立場があるならば、そちらの方にも力を入れなければななないだろうな」
ジークの言葉にライオは少しムッとしたような表情で聞く。
彼の表情を見て、ジークは言い過ぎたと思ったのか頭をかいた時、フィリムが様子を見に来たようで2人の会話に割って入る。
「フィリム先生?」
「なんだ?」
「立場って、フィリム先生から出てきそうにない言葉だったから」
フィリムの言葉とは思えなかったジークは首を傾げる。
フィリムはジークの態度に疑問を抱いたようで首を捻るとジークは思った事を口に出した。
「そうか? 俺だって立場くらいは考える。考えなくて良いのなら、自分の保身しか考えないバカどもを血祭りにあげるところだ」
「……忘れてた。カインの師匠だったんだ」
「学園でもここまで言うのはフィリム教授だけだね」
フィリムは今回のルッケルの件以外でも魔術学園に調査を依頼しておきながら、調査後の追加費用を出し渋る者達に怒りを覚えているようであり、吐き捨てるように言う。
その様子にジークは眉間にしわを寄せるとライオは苦笑いを浮かべた。
「ライオ=グランハイム、お前は王族としての立場、研究者としての立場、2つの目を持っているはずだ。どちらかをおろそかにすれば視野も狭くなるし、距離感もつかめなくなる。見えていたものを見落とすのは研究者として最も恥ずべき事だと言う事を心にとめておけ」
「わかりました」
フィリムはライオを見据えると表情を引き締め、身分の高い者相手ではなく教え子であるライオに向かいアドバイスを送る。
ライオはそれを目上の者の教えだと理解したようで真剣な表情で頷いた。
2人の様子にどこか置いてけぼりなジークは頭をかいている。
「それで、フィリム先生、何かわかったんですか?」
「そんなすぐに結果などわかるわけがないだろう。ただ、お前達の収入が減ってしまったようだからな。わずかで悪いが何かの足しにしろ」
「マジですか? ……重い。良いんですか?」
フィリムは魔術学園に巨大モグラを運んだ事で巨大モグラが生徒達に取られる事を予見していたようである。
そのため、巨大モグラを魔術学園で購入してくれると言い、金貨の詰まった麻袋を渡す。
麻袋を受け取ったジークはその重みに驚きの声をあげるが、同時にこんなに貰って良いのかわからずに聞き返す。
「かまわん。どうせ、フィアナの村やフォルムの運営に使うのだろう」
「そうとは限らないですよ」
「好きにしろ」
フィリムは今渡した金がどこに流れるか予想しており、ジークは素直に頷く気にはなれなかったようで悪びれる。
しかし、フィリムは特に何かを言う事はない。
「ジークの負けだね」
「別に勝ち負けの問題じゃないけどな。とりあえず、フィアナの村も見てこないとな転移の魔導機器の移動箇所、組み直さないといけないか? 王都、ワーム、ルッケル、フォルム……1度、ジオスを外すか?」
フィリムがジークの性格を熟知しているように見えたようでライオは苦笑いを浮かべる。
少し気まずくなったのかジークは鼻先をかくと転移の魔導機器の転移位置を組み直す必要を感じたようで懐の中から転移の魔導機器を取り出す。
「組み直し?」
「カインが言うには5カ所しか登録できないらしいんですよ」
「なるほど、だが、そんな事をするなら、フィアナに転移魔法を教えさせれば良い」
ジークは転移の魔導機器は便利だとは理解しているものの、色々と歩き回るには物足りないと肩を落とした。
フィリムはその言葉に頷くとフィアナの村の事だから、彼女に手伝わせろと言う。
「フィアナに? 確かに才能は有りそうなんだけど……大丈夫か?」
「問題はないだろう」
「いや、転移魔法を使う人間が増えるとエルト王子やライオ王子にフィアナが捕まりそうで被害に遭う人間はなるべく少なくしたい」
フィアナの魔法の才能はジークも評価しているが心配なのは王都からふらふらと遊びに行きたがる両王子であり、ジークはライオへと視線を向けた。
「とりあえずは疑わないでくれないかな? 私はフィアナって人を知らないわけだし」
「レインに王都見学に連れて行って貰って、良かったな」
ライオは疑われている事にため息を吐くがフィアナとは会ってみたいようであり、その目は笑っている。
彼の様子にジークはライオとフィアナを会わせなくて良かったと心の奥から思っており、自分の好判断に胸をなで下ろした。