第564話
「……血がサンプルになるのか」
「まさか、1匹を連れて帰るとでも思ったか?」
ポイズンリザードのいた場所に戻るとまだ眠っているポイズンリザードからフィリムは血液を抜き取った。
彼の言っていた通り、まだ、血液は毒性を持っていなかったようで作業は簡単に終わる。
その様子を見てジークは苦笑いを浮かべるが、フィリムは呆れた様子で言う。
「フィリム先生、このポイズンリザードはどうするんですか? 鉱山の中ですし、このままにしておくと今は幼体だとしても後々、問題になるのではないでしょうか?」
「そのうち、魔術学園で回収に来る。ドラゴン族に属しているし、これだけ、まとまった個体が見つかるのは稀だからな。生態の研究が進めば解毒する方法も見つかるしな。ただ、殺せばそれで済むと言う問題ではない」
「そうですか」
今は幼体だが成長すると周囲に毒をまき散らす事は予想され、レインは対処した方が良いのではないかと提案する。
フィリムは人族の勝手な都合で生物を殺す事には反対しているようでポイズンリザード達を保護する方法を考えていると言う。
レインは一先ずは納得したようで頷くが、アノスは不満なのか不機嫌そうな表情をしている。
「……殺してしまえば良いものを」
「それで解決するほど、問題は簡単ではない」
「お、落ち着いてください」
アノスはポイズンリザードを狩り尽くしてしまえば良いと言い切るとフィリムは彼の発言があまりに短絡的だと思ったようであり、彼を見下すように言う。
プライドの高いアノスはフィリムの言葉にカチンと来たようであり、彼の胸ぐらをつかもうと距離を縮めるがその間にフィアナが割って入る。
「……ジークも落ち着いてください」
「俺は落ち着いてるぞ」
アノスの行動にはジークも動いており、冷気の魔導銃の銃口は彼に向けられている。
レインはそれに気づき、ため息を吐くがジークは苦笑いを浮かべた。
2人のやり取りに気が付いたアノスは振り返るとジークの魔導銃に気が付き、身構える。
「俺達がここに来たのはフィリム先生の研究の手伝いと安全確保だろ。それも無理やり付いてきたんだ。騎士だからと言っても立場と状況を考えろよ。動きを止める方法ならいくらでもあるんだからな」
「……」
ジークは警告だと言い、魔導銃を腰のホルダに戻す。
アノスの敵意はジークへと向けられるが、ジークは気にする事はなく、その様子にノエルがあたふたとしている。
「フィリム先生、とりあえず、ここが終わったならルッケルに戻りましょうか?」
「他の研究員の方々に話をしに戻らないといけないでしょう」
「そうだな」
ジークは巨大モグラの巣があると思われる場所に行かないといけないため、転移魔法を使って欲しいと言うが、レインは一緒に鉱山内に来た研究者達に状況説明が必要だと言う。
フィリムは頷くと転移魔法の詠唱を始めて6人の身体を光が包み込んだ。
視界が開けて最初に転移魔法で移動した広い場所へと戻る。
ジーク達が戻ってきた事に気が付いた研究員達はフィリムに駆け寄り、次々と報告を始めて行く。
「一先ずは休憩だな」
「そうですね」
「あ、ありがとうございます」
すぐにはルッケルの街中に戻れないと判断したジークは休憩だと判断したようで頭をかくとノエルとフィアナに魔力を回復させる薬を渡す。
フィアナは深々と頭を下げるが飲むのをなぜかためらっている。
「……毒は入っていないから、安心してくれ」
「そ、そう言うわけじゃ、ありません!? こ、こんな高価なものをいただいて良いのかと思いまして」
フィアナが薬を飲まない姿にジークはため息を吐くとフィアナは首を大きく横に振り、飲むのがもったいないと言い始める。
「高価?」
「私が知る限りはそれなりにしますよ。ジークのお店の値段設定は王都やワームのような都市部から見ればかなり安く設定されていますから、ジオスに冒険者が集まるのはジークの作る薬を買い付ける人達もいるんじゃないでしょうか?」
「そう言えば、王都だと薬がバカみたく高かったな」
意味がわからずに首を傾げるジークにレインは苦笑いを浮かべた。
ジークは初めて王都に行った時に感じた事を思い出して頭をかく。
「魔力を回復させる薬はその便利性から需要もありますし、かなり高いんです。ソーマさんは魔術師なら必ず複数本持っておけと教えてくれましたけど、私にはそんなお金ありません」
「高いって言ったって、ワームならレギアス様がいるんだ。そんなに高くはないだろ?」
「そうですね。ワームはお医者さんや薬屋さんがたくさんあるって聞いていますし」
フィアナは飲み切ってしまえばなくなってしまう薬を買う余裕はないと肩を落とす。
しかし、薬の原価とレギアスの人柄を知っているジークとノエルは首を傾げる。
「どうしてかわかりませんけど、材料の薬草の流通が止まっているらしくて、原価が上がっているそうなんです。ですから、ワームは治療薬関係が高騰していまして」
「流通が止まってる? 今は街道整備もやってるから、ワームには物が集まりやすくなってるんじゃないのか? ……なるほどね」
フィアナは自分には理由がわからないと首を横に振る。
ジークは信じられずに驚きの声を上げるが、直ぐにどうしてそんな事になっているか理解できたようで眉間にしわを寄せた。
「ジークさん、何かわかったんですか?」
「どこかで、材料の薬草を買い込んで、ワームに流れないようにしている奴がいるんだろ。レギアス様の足を引っ張りたいヤツとか」
「そうですか……どうにか出来ないですかね。このままではレギアス様の評価が下がってしまいます」
ジークはガートランド商会とレギアスの父親が仕掛けてきている事だと思ったようであり、ガートランド商会と繋がりのあるアノスを睨み付ける。
レギアスの事を心配になったようでレインは眉間にしわを寄せた。
「とりあえず、近いうちにワームに行くんだ。その時にカインやセスさんにも一緒に来て貰おう。俺達じゃ何も考え付かなくてもあの2人ならどうにかしてくれる気がする。フィアナ、それは飲んで良いぞ。巨大モグラと戦う事になった時にフィアナの魔法が使えないと困るからな」
「わ、わかりました。いただきます」
ジークはカイン達に助けを求める事を決めるとフィアナに頼りにしているからと言い、彼女の薬を飲むように勧める。
フィアナはもったいないと思っているようではあるが足を引っ張ってもいけないと思ったようで薬を飲み干す。