第562話
「研究者と言う人種は時に人の道から外れる者もいる。仕方ない事だな」
「そ、そうじゃなくてですね」
「フィリム先生、それで、この変な魔導機器はミミズとかを巨大化させてるものなんですか?」
身を隠している者についてフィリムは研究が目的になり、何のために研究をするか忘れてしまった同胞達の事を思い浮かべてしまったのか少しだけ寂しそうに笑う。
ノエルはフィリムが自分の言葉を別の意味で捉えていると感じ取り、改めて説明をしようとするが、彼女の場合、慌てて口を滑らせる可能性が高いため、ジークは2人の間に割って入った。
「成分を研究しなければ何とも言えないが、割れて染み出ているのはどうにかして行かなければならないな。この液体を摂取して、何らかの影響があったと考えれば、このままは被害を増大させるだけになるからな」
「そ、そうですね……ノエル、やっぱり、話さないとダメだよな?」
「そ、そうですね」
フィリムは2本の円柱型の魔導機器へと視線を移すとこの場所では答えは出せないと言う。
ただ、流れている液体がルッケルでの地震騒ぎの原因であることは否めず、ジークとノエルは奥の部屋についても話すべきだと思い、気まずそうに視線をそらした。
「ジーク、ノエルさん、どうかしたんですか?」
「……フィリム先生、さっき、奥にもう1つ部屋を見つけたんですけど」
「ほう。よくやった」
2人の様子に気が付いたレインは首を傾げる。
正体のわからない液体をそのままにしておけないため、ジークは気まずそうに首筋を指でかいた後、奥へと続くドアを指差す。
フィリムはまったく気が付いていなかったようで感嘆の声を上げた。
「あの、どうして黙っていたんですか?」
「いや、さっき、見つけたばかりだし、地震があったから、言いそびれただけだ?」
「……その割に報告したくないように見えたが」
フィアナにはジークの姿がどこか挙動不審に見えたようで黙っていた理由を聞く。
本来なら、フィリムに確認してからドアを開けるべきだったのだが、興味本位で開けてしまったジークは若干の気まずさがあるようで彼女から視線をそらす。
そんな彼の様子にアノスは気が付いたようで疑いの視線を向けるが、ジークはアノスの視線に気が付いてはいるものの知らないふりをする。
「一先ずは研究室に持って帰り、研究するものがないか確認はしないといけないな」
「フィリム先生、一人で行かないでください」
「フィリム先生、俺が開けますよ」
フィリムはジークとノエルの気まずさなど知ってか知らずか、ドアへと近づいて行く。
フィリム1人で何か有っては困るため、レインは慌てて、彼に続く。
その姿にジークとノエルは1度、顔を見合わせた後、ジークはまだ中を確認していないと言いたいのか、笑顔で言うとフィリムとドアの間に割って入り、中の様子を探る。
「……とりあえず、中に動いている生物の気配はありませんけど」
「そうか。開けろ」
「わかりました」
ジークは先ほど、ノエルとともに部屋の様子を見たがそれを誤魔化しながら報告する。
フィリムの頭は奥の部屋にしか興味がなくなっているようであり、ジークにドアを開けるように指示を出す。
ジークは頷き、ゆっくりとドアを開けると円柱型の魔導機器に入っていたひびは地震で確実に大きくなっており、ひびから染み出していたはずの青く発光する液体はひびの割れ目から噴き出し始めている。
「……あれは大丈夫なんですか?」
「ふむ。まぁ、ひびをどうにかしないと貴重な研究サンプルがなくなってしまうと困るな」
発光している液体は見るからに怪しく、レインは眉間にしわを寄せる。
フィリムは魔導機器の中から減って行く液体の様子にため息を吐くとずかずかと奥に向かって歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってください。何をするつもりですか?」
「一先ずはあの液体のサンプル採取及び魔導機器の応急処置。あれが生物の巨大化の原因であるならばそのままにしておくと被害が増える」
「増えるじゃなくて、その液体に何かあったらどうするつもりですか!?」
発光する液体に何があるかわからないため、フィリムを慌てて止めるジーク。
しかし、フィリムが止まる事はなく、彼の足が液体につかろうとする。
その様子に驚きの声を上げるノエルだが、彼女の目には信じられない光景を目の当たりにする事になる。
フィリムの足が液体につかろうとした瞬間、液体が彼の足を避けるように引いたのである。
「フィ、フィリム先生、それは何ですか?」
「魔導機器だ。遺跡内には成分のわからない液体が多く存在しているからな。すべての液体に作用し、ブーツには液体が触れないようにしている」
「そうなんですか? ……アーカスさんが見たら喜びそうだな」
疑問の声を上げるノエル。
フィリムは興味なさそうに準備として当然だと答えるとジークは怪しい魔導機器を作り出すのが趣味のアーカスの顔を思い浮かべてため息を吐いた。
フィリムは円柱に近づくとひびの入った個所を避けて調査を始める。
その様子に残されたジーク達は特にやる事もないため、発行する液体に触れないように部屋の様子を探って行く。
特にフィアナは冒険者として遺跡の探索は初めてだった事もあるのか、収入になるようなものはないかと一生懸命である。
「フィアナさんは気合が入ってますね」
「そ、それはそうですよ。今回、同行を許されたって事は、私はこの遺跡に初めて足を踏み入れた冒険者なんです。何か凄いものを見つけられて、それが高額で買い取って貰えればお金持ちです」
フィアナは冒険者になったのは成功した時の報酬のようであり、苦笑いを浮かべた。
しかし、その様子からは彼女自身、冒険者には向いていないと実感している部分もあるように見える。
「お金持ちか……冒険者で一獲千金? そんなに金だけ求めてどうするつもりなんだ?」
「あ……べ、別に強欲ってわけじゃありませんよ。ちょっと、目的があってお金がいるんです」
「目的? ……なぜだ。今日1番のイヤな予感がする」
ジークはアリアの教えもあり、口では儲けだなんだと文句を言うものの実際はそこまで金には執着もなく、冒険者が高額の収入を求める理由がわからずに首を捻る。
その様子にフィアナは大きく首を横に振り、誤解しないで欲しいと言うとジークの無駄な危険回避能力は今日1番の面倒事の予感を感じ取った。