第548話
「何事もなくて良かったな」
「そ、そうですね」
パーティー自体では参加者同士の小さな小競り合いはあったものの、事件に進展するような事は起きず、オズフィム家の屋敷に戻る馬車のなかでジークは安心したのか表情を和らげた。
レインは頷くものの、騎士の名門であるファクト家の彼はフォルムで生活している時と同様に参加していた令嬢や娘をファクト家に嫁がせたい者達に囲まれてしまっていたようで反応は鈍い。
「レイン、疲れてるな」
「だいぶ、囲まれていましたからね」
「要領が悪いだけですわ」
彼の様子にジークは栄養剤を取り出そうとするが、ミレットは彼の手を押さえつけ、会場のレインの姿を思い出して苦笑いを浮かべた。
カルディナもオズフィム家の1人娘としてレインと同様の立場にあったのだが、彼女は場馴れしているようでレインを小ばかにする。
「確かにレインは要領が悪いね」
「そうは言っても無下にするわけにも行かないじゃないですか?」
カインは苦笑いを浮かべながら、カルディナの言葉を肯定する。
レインは要領が悪い事は自覚があるようだが、真面目な性格では無視をできないようであり、恨めしそうな視線をカインへと向ける。
「まあ、カインとセスさんはお相手がいるから、そういう接触は少なかったでしょうから、レインの気持ちはわからないでしょうね。現にレインと同じように大変だった人もいるわけですし」
「……フィーナさん、そんなに人気だったんですか?」
「いえ、あれはジークの栄養剤が原因ではないですか?」
ミレットはレインが可哀そうになったようで苦笑いを浮かべながら、彼をフォローすると慣れない場所で完全にダウンしているフィーナへと視線を移す。
フィーナは目を覚ましたものの、未だにぐったりとしており、馬車の苦手なノエルとともに風当たりの良い場所で休んでいる。
彼女の疲労具合にレインは心配そうな表情をするが、フィーナがなれない状況にジークの栄養剤に逃げた事を聞いたようでセスは眉間にしわを寄せた。
「……あれを飲んだ? どうして、そんな自殺行為を?」
「だから、どうして、毒薬扱いするんだ? ただの栄養剤だって言ってるだろ。だいたい、まともに飲んでないのに効き目もわからないんだから、文句だけ言うな」
「うっ……」
レインはセスの言葉でフィーナの状態が最悪な事を理解するが、栄養剤をバカにされて納得がいかないジークはミレットの手を振り切り、レインの前に栄養剤を出す。
ジークの栄養剤を飲み切った事はなく、彼の言い分も正しいのは理解できたようで受け取っては見たものの、いつもカインが飲んでいる姿を見ているため、勇気は出ず、栄養剤を前に緊張しているのか大きく息を吸い込んだ。
「……別に飲む必要はないですから」
「そうだね。意識まで刈り取られると連れて帰るのが大変だから、飲むならフォルムに戻ってからにしてくれないかな」
セスは早まるなとレインの手を押さえるとカインはこの中で誰よりも栄養剤の破壊力を体験しているため、無理をする必要はないと笑う。
「しかし、イオリア家の長男が騎士になったって割にはそんな話より、なんか婚約者を探しているような感じだったな」
「まぁ、貴族達は家の繋がりを大切にしたがるからね。真面目に公務を取り仕切っている方達は気にする必要性はないけど、下手な事をやって没落してしまった時に強い絆があればどうにかなると思っている人達も多いからね。血の繋がりは何より強い絆だって」
「血の繋がりが何より強いね? バカじゃねえの」
栄養剤の事に関しては味方がいないのはジークの方であり、話を変えようと初めて参加したパーティーの様子を思い出し、思った事を口にする。
カインは参加者には打算的な思いもあるため、仕方ないと笑うがジークはそんな人達の考えなど理解できるわけもなく、呆れたような口調で言う。
「すり寄って来ようが自分の足元も見れないような人間はバッサリと切るけどね」
「お兄様、素敵です」
「ですけど、それも行き過ぎると余計な争いを生んでしまいますからね」
カインは自分の才能でのし上がっている人間であり、家名に甘え努力をしない人間などを認める気はないため、彼の考えはドライである。
冷たく言い切るカインの様子にカルディナは目を輝かせるがレギアスの養女となる事もあるのかレギアスとその父であるギムレットの事もあるため、バランスが大事だと言う。
「そこら辺は承知していますよ。やるなら、徹底的に叩き潰しますから、2度と逆らえないように」
「……それは意味が違いますわ。まったく、カイン、あなたはもう少し平和的な解決をしようと思わないのですか?」
「あの、説教は無駄だな」
カインは敵対した者を叩き潰すことに躊躇などしないと言い切り、呆れた様子のセスがカインに向かいお説教を始める。
この後、セスがカインに言いくるめられる姿しか思い浮かばないジークはため息を吐くとミレットはジークに同意したようで力なく笑う。
「ミレットさんの言いたい事もわかったけど、今回、ライオ王子はガートランド商会のステムを敵と判断したわけだよな? この後、イオリア家ってどうなるんだ?」
「そうですね……ガートランド商会としてはライオ様を敵に回すのはこれからの事を考えると都合が悪いです。だから、ご機嫌伺いにでるか、ライオ様が王位を継がないように別の人間を応援すると言うところでしょうか?」
「ですけど、エルト様とライオ様のすれ違いはすでにないですし、シュミット様もガートランド商会には良い印象を持っていませんからね」
ジークはパーティーが始まる前に起きたライオとステムのぶつかり合いにガートランド商会がどう出てくるか予想が付かないようで頭をかく。
ミレットはガートランド商会の次の手は思い浮かびはするものの、決め手に欠けるように思えているのか首を捻る。
レインも同感なようで苦笑いを浮かべて、問題ないと言う。
「そうか? それなら良いんだけど」
しかし、ジークは何か引っかかっているようで首を捻っている。