第547話
「……」
「フィーナ、飲んどくか?」
クラウドとティミルを交えてしばらく話をしていたのだが、2人は立場のある人間であり、他の参加者と親交を深めなければならず、ジーク達から離れて行ってしまう。
2人と入れ替わるように疲れ切ったフィーナが戻ってくると彼女の疲れ方にジークは栄養剤を取り出す。
「……今、これを飲めばこれ以上、ここにいなくても良いのかも知れない」
「フィ、フィーナさん、落ち着いてください。それを飲んでしまったらいろいろと終わってしまいます!?」
「良いのよ。もう、何もかも終わってしまえば」
どうやら、フィーナは精神的にかなりの疲労がたまっているようで力なく笑うといつもは手に取らない栄養剤を手に取った。
その様子にノエルは彼女が超えてはいけないところまで来ている事に気が付き、フィーナの手から栄養剤を取り上げる。
しかし、フィーナは光の無いうつろな瞳で栄養剤へと手を伸ばす。
「ここまで苦手なのもどうかと思うけどね」
「フィーナさんは大人気だったからね」
「そうですね。このような場所には初めてでしょうし、見知らぬ人がいるとやはり注目を浴びるんでしょう……ジーク、すいませんけど、それは要りません」
フィーナから必死に逃げるノエル。
2人の様子にカインが苦笑いを浮かべていると人混みから逃げてきたのかライオとミレットが声をかける。
フィーナと同様にミレットの顔にも疲労の色が見え、ジークはもう1本栄養剤を取り出すが彼女にすぐに拒絶された。
「それは残念」
「ジークはその栄養剤が好きだよね。見てるといつも持ち歩いてる」
ミレットに拒絶された事に不満そうにしながらもジークはいつもの事のため、栄養剤をしまうとライオは苦笑いを浮かべる。
「なんだかんだ言いながら、うちで1番の稼ぎを出している商品だからな。新規開拓をしないといけないだろ」
「いや、身内に薦めるのは新規開拓とは言わないと思うけどね。と言うか、1番売れてるのかい?」
「絶対に中毒性がありますよね」
ジークは新たな顧客獲得のためだと言い切るが彼の言葉には信じられないものが混じっているようでライオは眉間にしわを寄せた。
ミレットはジークがいつも栄養剤には中毒性はないと言っているが、信じられないようであり、大きく肩を落とす。
「ないです」
「と言ってるけど、常用者のカインはどう思ってるんだい?」
「クセになる味です。ライオ様も研究で2、3日寝てない日に試してみてはいかがでしょうか?」
薬剤師としての誇りがあるのか中毒性があると言われ、すぐに否定するジーク。
ライオは興味があるようでカインに栄養剤の効果を聞く。
カインは苦笑いを浮かべると自分と同じ研究者であるライオには必需品になると思っているようで迷うことなく薦める。
「ごふっ!?」
「フィ、フィーナさん、ダメです。起きてください!?」
「これで休めるわ……」
その時、フィーナはノエルから栄養剤を取り戻したようでふたを開けて一気に飲み干す。
身体がすぐに拒絶をしたようで胃から逆流してくるが彼女はそれをなんとか押し込めると意識は薄れていく。
ノエルはここで彼女をそのままにしてはいけないと思ったようで泣きそうな表情で彼女の身体を揺する。
「……おかしいな。気付けの効果もあるはずなんだけど」
「とりあえず、私は遠慮しておくよ」
「ライオ様、何があったんですか?」
フィーナが意識を失う様子を見て、ジークはおかしいと首を捻った。
ライオは目の前で起きた惨劇に絶対に飲んではいけないと理解したようで顔を引きつらせるとノエルの様子に会場がざわつき始めてきたようで慌てた様子のシュミットがリアーナを連れてライオに声をかける。
「朝から体調が悪かったようで貧血を起こしてしまっただけです。このような場所に初めて参加させていただきましたので申し訳ありません」
「そうか? それならば良いのだが……なるほど、あれを飲んだわけか」
カインは注目を浴びているため、フィーナが迷惑をかけてしまった事を謝罪するとカインとフィーナの関係やフィーナと挨拶をしていた者達は納得したようでどこか新参者をバカにするような視線を向けた後、パーティーに戻って行く。
シュミットはフィーナの手にある空き瓶を見て、全てを察したようで眉間にしわを寄せるとジークへと視線を向ける。
「気付けの効果もあるはずなんだけどな?」
「……ひとまず、フィーナは隅で休ませて置く」
「シュミット様、私が運びます」
「いや、これくらいはかまわん。それより、椅子を用意してくれ」
納得がいかないジークは首を傾げており、シュミットはフィーナに部屋を用意すると言ってくる衛兵達を下げるとフィーナを抱きかかえる。
その様子にカインは遅れてしまった事を詫びるがシュミットは気にすることはなく、気を失ったフィーナを休ませて置く場所を確保するように指示を出す。
「フィーナさん、役得ですね」
「そうですか? フィーナはシュミット様に良い印象を持ってないし、そんな事は思わないでしょ」
「まず、今の事を覚えていないでしょうからね。ノエル、どうかしましたか?」
フィーナとシュミットの様子に楽しそうに笑うミレット。
ジークはその言葉で2人へと視線を送るが、フィーナのシュミットへの印象を変わる事はないとため息を吐いた。
リアーナは苦笑いを浮かべているがノエルからの視線に気が付き、彼女に声をかけるとノエルは慌てて視線をそらすがすでに遅い。
「あ、あの……最近、シュミット様とリアーナさんが仲が良いって聞いてたので、リアーナさんは何も思わないのかな? と」
「私とシュミット様がですか? そんな事実はありませんが、誰がそのような事を?」
「えーと、ライオ様が」
リアーナの視線に気が付き、白状しないわけにもいかないと思ったノエルは目を泳がせる。
リアーナとしてはそんな事を言われるとなど思っていなかったようで苦笑いを浮かべながら、噂の主を探す。
正直なノエルは誤魔化すことなくライオが犯人だと答えてしまう。
「ライオ様、おかしな事を言って回らないでください」
「え? リアーナ、何か言ったかい?」
「いえ、もう良いです」
リアーナはため息を吐くとライオに注意をしようとするがライオは話をまったく聞いていなかったようであり、リアーナは今、話しても頭に入らないと思ったようで大きく肩を落とした。