第544話
「そんなオチだったら良いんだけどね」
「そうなら、私達はここに集まってないでしょうね」
「それもそうだな……あいつ?」
イオリア家の長男は人徳者にはほど遠いようでカインとレインは首を横に振った。
2人の様子にジークはバカな事を聞いたと思ったようで気まずそうに視線をそらす。
視線をそらした先に見覚えのある男性を見つけ、ジークの表情は歪む。
「これはこれは片田舎の領主様ご一行がなんでこのような席にいるんでしょうか? あれですか? 私の提案に乗る気になりましたか?」
「……ジーク、顔面、殴りつけて良いわよね?」
「まだ、止めておけ」
男性は先日、フォルムに現れたガートランド商会の後継者であるステムであり、彼もジーク達に気が付き、こちらに近寄ってくると高圧的に言う。
フィーナは拳を握りしめており、ジークは彼女の気持ちも理解できるが騒ぎを起こしてしまうとティミルの顔をつぶす事になるため、手でフィーナを制止する。
フィーナもそれくらいはわかったのかぐっとこらえてステムを睨み付けた。
「フィーナさん、今日はドレスなんですね。とても似合っています」
「……ジーク、やっぱり、殴り飛ばすわ」
フィーナの視線に気が付いたステムだが、彼にとっては睨み付けられていようが関係ないようであり、フィーナの姿を誉める。
その言葉にフィーナは寒気がしたようであり、耐え切れなくなったのか拳を握る手にさらに力が込められて行く。
「止めない方が良いのか?」
「と、止めましょうよ。フィーナさん、落ち着いてください。ゆっくりと息を吸って、吐いて」
ジークはフィーナを止める理由が見つけられなかったようで眉間にしわを寄せるとノエルは彼女を落ち着かせようと声をかける。
「この男がガートランド商会の後継者か? ……あまり、いい感じがしないな」
「そうですね。このような者はどこの国にもいるようですね」
「邪魔だ」
ステムは完全にジーク達を見下している事もあり、その態度にシュミットとリアーナは眉間にしわを寄せた。
ステムは気にする事無く、フィーナの手を握ろうと前に立っていたジークを跳ね除けようとする。
「……悪いね。先約がいるんだよ」
「先約? 婚約者の私を差し置いてですか?」
「カイン、フィーナさんに婚約者がいるなんて、私は聞いてないけど、そんな話があるのかな?」
その手をライオがつかむ。
ステムはライオが王位第2継承者だと知らないようでお呼びではないと言いたげに笑う。
その言葉にライオは戯言を言うなと言い、カインにわかっているが真実を確かめる。
「フィーナに婚約者なんていませんね。どこのどなたか存じ上げませんが、頭は大丈夫ですか? ここに医学を修めている者がいますけど診察して貰ったらどうですか?」
「いや、バカにつける薬はないから」
「とりあえず、あの目は無駄ですから、くり抜いてしまってはどうですか?」
カインは笑顔で毒を吐くとジークはさらに追い打ちをかける。
カルディナに至ってはフィーナを美しいと言うのは目がおかしいと判断したようで恐ろしい事を言い出す。
「カイン=クローク、あなたは立場が分かっていないようだな」
「……立場が分かっていないのはどちらだ? 衛兵、この者を連れて行け」
ステムはイオリア家との繋がりを仄めかすように言うと彼の言葉に従うように衛兵がジーク達を囲む。
その態度にシュミットは小さくため息を吐くとステムが呼んだ衛兵に彼を連れて行くように指示を出す。
「どなたか知りませんが、騒ぎを起こしたのはそちらですよ」
「私はシュミット=グランハイム。我が主、ライオ=グランハイムに代わり、命じる。この男を連れて行け」
ステムは衛兵を自分の手ごまだと思っているようでシュミットの言葉を鼻で笑った。
しかし、シュミットは衛兵に向かい、自分とライオの名前を出して衛兵に命じる。
衛兵達はその名に逆らう事は出来ないが、主であるイオリア家の後ろ盾でもあるガートランド商会の後継者に手を出して良いのかわからずに顔を見合わせている。
「ライオ=グランハイム? シュミット=グランハイム?」
「先日、フォルムでは世話になったね。ガートランド商会のステムと言ったね。王都で好き勝手にできると思わないようにね」
ステムは予想していなかった2人の名前に状況が理解できないようで眉間にしわを寄せるが、ライオはフォルムでのステムの態度にも腹を立てていた事もあり、彼を見下ろすように笑う。
「……形勢逆転って奴でしょうか?」
「だろうね。と言うか、商人だって言うなら、情報は何よりの商売道具のはずなんだけどね。ライオ様やシュミット様の顔も知らないって言うのはいろいろと残念だよね?」
「俺、あんな奴に商才がないって言われたのか?」
ライオとステムの様子にレインは大きく肩を落とす。
カインはステムの迂闊さに苦笑いを浮かべるが、ジークは先日、ステムに言われた事がショックなようで眉間にしわを寄せた。
「衛兵、さっさと連れて行け」
「ライオ様、シュミット様、どうやら衛兵に教育が行き届いていないようですね。これはイオリア家に問題があると思われますが」
「そうだな。どうやら、騎士任命について、もう1度、考えなければいけないな」
シュミットは動かない衛兵に向けて、改めて指示を出すが衛兵達は動く事が出来ない。
その様子にリアーナはイオリア家の処罰に値する事だとライオをシュミットに進言する。
ライオはリアーナの進言に大きく頷くと衛兵達は流石に不味いと思ったようでステムを連れ、会場を出て行く。
「あの、良いんですか?」
「気にする必要はないよ。それより、あんなのが大きな顔をしている方が問題があるよ。困ったものだね」
「とりあえず、今日はもうあの男は現れないとは思いますが、イオリア家と繋がっているのははっきりしましたから、何をしてくるかですね」
ノエルは連れて行かれるステムの姿にどうして良いのかわからずにオロオロとするがライオはステムのような人間を使ってまで地位を求める者がいる事を問題と思っているようでため息を吐いた。
セスはステムがこの件でどんな嫌がらせをしてくるのか心配のようで大きく肩を落とす。