第542話
「心配だったんですか?」
「いろいろと話を聞きましたからね」
ティミルの様子にジークは頭をかきながら聞く。
ティミルはフォルムを訪れた時にフィーナの状況を聞いているためか苦笑いを浮かべる。
「フィーナを知っていればパーティーに出席させようとなんか考えないからね」
「どういう意味?」
「フィーナさんも落ち着きましょう。マナーを覚えることは必要な事ですし、これから先にだって使えますから」
カインはフィーナを見てため息を吐くと、彼女の額にはぴくぴくと青筋が浮かび始める。
彼女の様子にレインは何かあっても困ると思ったようで慌ててフィーナとカインの間に割って入った。
「だいたい、なんで私だけバカにされるのよ。ジークだってマナーなんか知らないでしょ!! ……ジーク、今更だけど、あんたは大丈夫なの?」
「本当に今更だな」
「ジークは物覚えが良いからね。ただ、心配は」
フィーナは自分だけバカにされるのが我慢ならなかったようで声を上げると自分と同じく田舎出身のジークがマナーを覚えているのかと首をひねる。
その様子にジークはため息を吐き、カインは苦笑いを浮かべるが心配事があるのか未だに顔を青くしたままのノエルへと視線を移す。
「ノエルがどうかしたの? あの子、そう言うの得意でしょ?」
「……ノエルの運動神経の無さを俺達は甘く見てたんだ」
「ダンスのセンスが存在しなかったからな」
カインの視線の先にいるノエルを見て首をひねるフィーナ。
ノエルの運動神経の無さを改めて実感したようでジークとカインは困ったように笑う。
「……それは大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない。きっと、大惨事になる」
「それもあるから、俺も出席しようと思ったんだけどね。ジークはきっとノエルにつきっきりになるだろうから」
2人の様子から自分の事よりノエルの事が心配になったようでフィーナは眉間にしわを寄せた。
カインはフィーナが何かやらかすより、ノエルの事が心配のようでため息を吐き、ジークは力なく肩を落とす。
「と言う事で俺はフィーナの相手をしてるヒマはないからな。自分の事は自分でするんだぞ」
「わかってるわよ。だいたい、すでにジークのフォローなんか必要ないわ」
「……なんで、こんな胸騒ぎがするんだろうな」
ジークはフィーナにおかしな事をするなと注意するが彼女は相変わらず、根拠のない自信を持っており、任せなさいと言いたいのか胸を叩く。
彼女の様子にジークは不安しか感じ無いようであり、眉間にしわを寄せる。
「ジーク、余計な事を言わない。レイン、悪いんだけどフィーナの事を頼むよ」
「はい。わかりました。フィーナさん、今日はよろしくお願いします」
「フォローなんか必要ないけどね。まぁ、よろしく」
ジークの嫌な予感はよく当たるため、カインは小さくため息を吐くとレインにフィーナのフォローを任せる。
レインは最初からそのつもりだったのかすぐに返事をすると笑顔でフィーナに言う。
「……不安だ」
「そうですわね」
「少し信じてみましょう。ほら、フィーナは本番に強そうですし」
フィーナの様子を不安に覚えているのはジークだけではなく、セスは不安そうに肩を落とす。
ミレットは苦笑いを浮かべてフィーナを信じようと言うが2人の不安が拭われる事はなく、ジークとセスは顔を見合わせた後、大きなため息を吐いた。
「肝が据わっていることだけが取り柄だからね。運動神経がない事もだけど、突発的な事に弱いノエルの事が俺としては心配だな」
「……困った。不安だらけじゃないか」
「そう言うジークは大丈夫なのですか? あなたはこんな場所に出席したこともないでしょう?」
カインはフィーナ以上にノエルの方が心配のようでため息を吐く。
その言葉で未だに顔を青くしたままのノエルに視線を向けたジークはカインの言いたい事もわかったのか首筋をかく。
カルディナはパーティーになど縁がないジークは大丈夫なのかと聞く。
彼女の言葉は高圧的ではあるが、クーの事でジークに親近感を覚えているのか少し今までより柔らかい。
「まぁ、どうにかなるだろ」
「どうにかなるではありませんわ。あなたは私とお母様の護衛と言う事になってるのですから、あなたがおかしな事をするとオズフィム家の恥になるのですわ」
「本当に仲良くなりましたね。ノエルさんがいなければ……残念です」
ジークは緊張した様子もなく、その様子がカルディナの癇に障ったようであり、カルディナはジークに詰め寄る。
2人の様子にティミルはくすくすと笑うと冗談交じりでカルディナの夫にジークが欲しかったと言う。
「絶対に嫌ですわ!! お母様、冗談にしても笑えないですわ!!」
「俺も遠慮する。だいたい、どうしてそんな話になるんですか」
「ジークさんは渡さないです」
ティミルの言葉にカルディナは拒絶するかのように声を上げる。
ジークはため息を吐くとティミルの事だからまた何かを企んでいると思ったようで言葉の真意を聞く。
その時、話が聞こえていたのか顔を青くしたままであるがノエルがジークの服をしっかりとつかみ、ジークの所有権を主張する。
「あらあら、仲がよろしい事で」
「聞いてて恥ずかしくなるね」
「冗談ですよ。ただ、少しだけ魔が差しただけです。それではそろそろ行きましょうか? 馬車を用意していますから」
ノエルの様子にティミルは楽しそうに笑い、カインは苦笑いを浮かべた。
その時、応接室のドアをノックする音が響き、手にジークの薬を持った使用人の1人が応接室に入ってくると馬車の準備ができたことをティミルに告げる。
ティミルは使用人の言葉に頷き、馬車に移動するように指示を出す。
「それじゃあ、行きますか?」
「……はい」
「オズフィム家の馬車だから、乗り心地は良いだろ。それに王都だから道も良いから揺れないって」
使用人から薬を受け取ったジークは酔い止めを取り出してノエルに渡す。
ノエルは馬車に乗るのが不安なようで酔い止めを一気に飲み干すがすでに涙目になっている。
彼女の様子にジークは困ったように頭をかいた後、ノエルを力づけるように声をかけると彼女の手を引いて歩き出した。