第540話
「……カイン、屋敷を増設しないか?」
「ここまで部屋を使うとは思っていなかったんだよね」
夕飯を終えるとなぜかラースは1晩泊まって行くことになっており、ジークはいつものようにソファーで寝ることになっている。
客人が泊まるたびにソファーで寝るジークは不満を漏らすとカインは困ったように頭をかいた。
「私が1度、自分の屋敷に戻りましょうか?」
「いや、レインはここに残った方が良いだろ。襲われても困るし、掃除しないといけないだろうからな。と言うか、レインの屋敷、使わないなら売却しちまえばどうだ?」
フォルムに屋敷を用意してもらっていたため、レインは屋敷に戻ると言うがフォルムの娘達に狙われていることもあり、彼の安全を確保するためにもできないとジークは判断する。
しかし、レインがこのままこの屋敷に滞在するならば、彼に宛がわれた屋敷は無駄なものであり、売却を視野に入れてはどうかと言う。
「それもそうだね」
「確かにそうかも知れませんけど、今はみなさんがいますから良いですけど……カインとセスさんが2人になったら、居づらいでしょう?」
「……確かにな」
ジークの考えには一理あり、カインは頷くがレインは後々の事を考えているようで苦笑いを浮かべた。
その言葉にジークは頷くと視線はカインへと集まり、カインは困ったように笑う。
「レインに屋敷が宛がわれているのなら、小僧達がそっちに移動したらどうだ? カインとセスも後継ぎの事も考えなければいけないだろう? カインの事だ。この屋敷より良い物をレインに宛がっているのだろう?」
「あ、後継ぎ!? な、何を言っているんですか。ラース様!?」
「何を言っているのだ? 後継ぎの事は考えて行かなければならないだろう?」
カインの表情にラースは2人を残して全員でレインの屋敷に移るように言うとセスは顔を真っ赤にして首を横に振る。
ラースにとっては当たり前のことであり、セスが慌てる理由がわからないのか首をひねった。
「今はフォルムを住みやすくするのに精一杯ですからね。子供は欲しいですけど、もう少し、時間が欲しいですね。私もセスもフォルムにいつまでいられるかわかりませんから」
「うむ。そうだな。お主ならすぐに王都に戻ることもできるだろうからな。その後でも問題はないか」
セスの慌てる姿に苦笑いを浮かべるカインは彼女をフォローし、ラースはカインとセスがエルトを支えていくのに必要な人間だと理解しているため、言うこともないと判断したのかうんうんと頷く。
「と言うか、今更だけど、転移の魔導機器があるんだから、ジオスに戻っても良いんじゃないか?」
「確かにそうですね。それに長い間、留守にしていると掃除も大変ですし」
「ダメ、それをするとジークとノエルは毎日、顔を出すけどフィーナは来なくなるから、いつまでも実家でただ飯を食わせるわけにはいかない」
ジークは転移の魔導機器を手にジオスに戻ると言うがカインはフィーナの行動が読めることもあり、その意見を却下する。
「……なんで、私がサボることが前提なのよ?」
「安心しろ。フィーナをフォルムに置いて行くから」
「……ねえ。私はこの2人をブッ飛ばしても何の問題もないわよね?」
額に青筋を浮かべるフィーナだが、ジークもフィーナを連れてジオスに帰るつもりは無いときっぱりと言い切る。
その言葉でフィーナの額の青筋はさらにくっきりとしていく。
「フィーナさん、落ち着きましょう」
「返り討ちに遭うから止めておけ」
ノエルは慌ててフィーナを落ち着かせようとし、ラースは2対1で勝てるわけはないと思っているようでフィーナを押さえつける。
「返り討ちになんか遭わないわよ!!」
「フィーナ、うるさい」
「……小僧、容赦ないな」
フィーナは勢いよく立ち上がり、ラースにつかみかかろうとする。
ジークはフィーナを冷気の魔導銃で撃ち抜き、彼女を凍らせるとラースはその姿に大きく肩を落とす。
「で、結局、どうするんだ? フィリム先生も転移魔法を使えるようになったんだから、突然、来ることもあるだろうから、そのたびにソファーは嫌だぞ。フィリム先生だけじゃなく、おっさんの娘だっていきなり現れそうだからな」
「クーちゃん、遊びに来ましたわ!!」
「……こんな風に」
最近、転移魔法でフォルムに来る人間が増えたこともあり、解決策を探すべきだと言うとジークはクーの鼻先を指でくすぐった。
その時、居間のドアが勢いよく開き、カルディナが乱入してくる。
「ジーク、さあ、私にクーちゃんを渡しなさい」
「別にかまわないけどそれ以外にいう事はないのか? ……まぁ、良いか?」
「お邪魔しています。ダメですよ。カルディナ、あら? あなたまでどうしたんですか?」
カルディナはすでにクーしか見えておらず、一気にジークとの距離を詰めるが直情的な彼女には父親の姿は映っておらず、ジークは眉間にしわを寄せると彼女にクーを渡す。
カルディナはクーを抱きしめるとその表情はだらしなく緩んで行き、何か言うのも疲れたようで小さくため息を吐く。
カルディナの転移魔法にはティミルも同乗していたようで少し遅れて居間に入ってくるとラースを見つけて首を傾げる。
「うむ。少し話したい事があったのでな」
「そういう事にしておきましょう」
「それでお前たちはどうしたのだ?」
ラースは息抜きに来たなど言えなかったようで誤魔化すように1つ咳をするが、ティミルにはバレバレだったようでくすりと笑う。
嘘がすぐに見破られてしまった事に気付いたラースは誤魔化すようにフォルムを訪れた理由を聞く。
「カルディナがフォルムに行くと言うので付いてきてみました」
「そうか……」
にっこりと笑うティミルだが特に用は無いようであり、会話は続かない。
「とりあえず、座ってください。今、お茶を淹れてきますから、ジークはフィーナを部屋に運んでください」
「わかりました」
「ミレットさん、わたしもお手伝いします」
2人の様子にミレットはくすくすと笑うと席を立ち、ジークも凍りついて席を占領しているフィーナを引きずって居間を出て行き、ノエルは1人では大変だろうとミレットを追いかけて行く。
「あらあら、そう言えば、カインくん」
「ティミル様、どうかしましたか?」
「良いことを思いついたんですけど、協力してくれますか? ……」
ジーク達が席を離れた様子を見て、ティミルは何か思いついたようで楽しそうに笑ってカインを呼ぶ。
ティミルはカインに耳打ちをするとカインの口元は緩んで行き、2人は顔を見合わせて笑うが、その様子を見ていたセス、レイン、ラースの3人は妙な不安を感じるが何もいう事はできない。