第539話
「結局、レインもおっさんの相手をしたのか?」
「流れで」
ジークとノエルが夕飯の準備を終わらせた頃、手合せを終えたようでぞろぞろと屋敷の中に入ってくる。
フィーナとラースだけではなく、レインも土埃と汗で顔が汚れており、ジークは苦笑いを浮かべるとレインは気恥ずかしそうに頭をかいた。
「とりあえず、夕飯の前に順番に汗を流してくること」
「うむ。流石にこのままでは不味いか?」
「と言うか、おっさんの着替えどうするんだ? この屋敷にはおっさんほど身体のでかいのはいないから着替えがないぞ」
カインは3人の様子に苦笑いを浮かべると汗を流してくるように言う。
ラースは久しぶりに体を動かしたためか表情は晴れやかだが、カインの言葉で苦笑いを浮かべるとジークはラースの着替えがないことに気付く。
「確かにそうですね」
「このまま、ワームに帰って貰うってのも手なんだけどな」
「流石にそういうわけにはいかないね。それにラース様は俺やセスに聞きたいこともあるって言ってたし、その話は何もしてないからね」
ジークはラースが長い時間ワームを留守にするのも不味いと思ったようで彼を送り届けようかと提案する。
カインは首を横に振るとラースの着替えになりそうなものはないかと思ったようで居間を出て行く。
「とりあえず、先に汗流してくるわ」
「そうですね。お先にどうぞ」
かなり気分転換になっているようでフィーナの顔はセスやミレットにマナーを教えてもらっていた時と違いすっきりとしており、晴れやかな表情で居間を出て行った。
「客人だし、おっさんが先じゃなくて良いのか?」
「別にかまわん。それにカインが着替えになるようなものを探しに行ってくれているようなのでな。着替えが来てからでも問題はなかろう。それにマナーにそうならば小娘が先であろう」
「おっさんが言うなら、問題ないか? とりあえず、それならこれでも飲んでいてくれ」
客人であるラースを押しのけて1番に浴場に向かってしまったフィーナの姿にため息を吐くジークだが、ラースは気にする必要などないと笑う。
本人が気にしていないため、自分が何か言う立場ではないと思ったジークは汗をかいているレインとラースの前に紅茶を置く。
「うむ。すまないな」
「礼はいらない。おっさんが来ないとフィーナが爆発してただろうからな。ここにいるメンバーじゃ手合せしてもフィーナの気分転換にはならないだろうからな」
ジークの気づかいに礼を言うラースだが、ジークはフィーナの息抜きに付き合ってくれたことの方が重要だったと苦笑いを浮かべた。
「そうですね。カインは迷うことなく、フィーナさんを沈めますし、ジークは攻撃を交わすのでフィーナさんには余計にストレスがかかりますから」
「レインはどこかフィーナ相手だと手を抜いてるみたいだからな」
「そうですか? そんなつもりはないんですけど」
レインも自分達ではフィーナの気分転換には付き合えないと苦笑いを浮かべる。
ジークはレインが自分やカインと手合せをする時とフィーナが相手の時は何か違うと感じているようであるが、レイン自身はまったくそのつもりは無いようで首をひねっている。
「ふむ。レインが無意識であるなら、もっと厳しく指導する必要性があるな。戦場で女騎士や暗殺者が襲ってきた時に手加減するようでは騎士としてやってはいけんからな」
「気を付けます」
ラースはレインの騎士としての意識の未熟さを感じ取ったようで真剣な表情をして言い、レインは自分の未熟さを理解したのか苦笑いを浮かべた。
「しかし、こんな色気のないことでしかストレスを発散できないフィーナは女としてどうなんだろうな」
「ジークさん、どうしてそんな言い方しかできないんですか」
ジークは改めて、フィーナのストレス発散は色気がないとため息を吐くとノエルは頬を膨らませ、ジークにはデリカシーが足りないと言う。
「ジークの言い分もあってるから、ノエルも落ち着いて」
「カインさん、ですけど」
「そのうち、新しく好きな男でもできたら変わるでしょ。また、ジークの時と同じ行動をするようなら、いろいろと諦めないといけないけどね。ラース様、友人の服で申し訳ないのですが、汗を流した後はこれに着替えていただけますか?」
その時、カインが居間に戻ってきてノエルをなだめる。
納得がいかないノエルだが、カインはフィーナの成長を期待しているようで苦笑いを浮かべると持ってきた着替えをラースに渡す。
「うむ。迷惑をかける」
「友人の服って、いつ来たんだよ? 見たことがないんだけど」
「カインと私がフォルムに来たばかりの時はかなり、フォルムに訪れていましたよ。みなさん、冒険者だったようで長居はしませんでしたけど」
ラースは素直に礼を言うが、ジークはフォルムに来てからカインの友人など1度も見たことがないため、眉間にしわを寄せる。
レインはジークの疑問に答えるとその時の事を思い出したようであり、苦笑いを浮かべた。
「……くせが強そうだな」
「そ、そうですね」
「ノエルも言うねえ。さてと、そろそろ、2人にも正気に戻って貰わないと困るね」
レインの表情や王都でカインの友人達とも少しだけ面識ができたジークとノエルはフォルムを訪れたまだ見ぬカインの友人の姿に顔を見合わせる。
カインは苦笑いを浮かべるものの2人を責めることはなく、1つため息を吐くと未だに呆けているセスとミレットに視線を移す。
「とりあえず、夕飯まではそっとしておいて良いんじゃないか?」
「そうはいかないよ。ラース様は街道整備の件でも話がしたいと言ってたし、セスがいないとどうしようもないしね」
「いや、どちらかと言えば、そっちはとってつけたようなもんだから、おっさんはフィーナと手合せができて満足してるからな」
カインはラースの話を聞かないといけないため、セスの身体を揺するがジークはラースの目的は達しているとため息を吐く。
ジークの言葉にラースは少し気まずいのか視線をそらし、カインは眉間にしわを寄せた。
「ラース様」
「気にするな。カイン=クローク、ワシとしてはフォルムの様子も見れてお主がここで上手くやれていることが確認できて良かったと思っているぞ」
ラースがワームを離れることの重大さを理解して欲しいと言いたげなカインの様子にラースは1咳をしてから、カインの仕事ぶりを誉めるが誰の目から見ても誤魔化そうとしているのは見え見えである。