第536話
「ほう。レギアスに聞いてはいたが、シンプルではあるがしっかりとした屋敷ではないか」
「おっさん、そんな事、わかるのか?」
「いや、まったくだ」
転移の魔導機器を使い、フォルムの屋敷の前に着くとラースは屋敷を眺めて感心したように頷いた。
その様子にジークは驚くが、実際は何もわかっていなかったようでラースはイタズラな笑みを浮かべる。
「なら、わけのわからない事を言うなよ」
「カインの事だから、無駄な物は何もつけてないと思ったのでな。それこそ、あの男がこのような屋敷に住むとは思わなかったからな。自分の事なら、必要最低限ですまそうとするだろう」
「そう言われればそうですね。仕事場になってる前領主さんのお屋敷の1部屋でも良いって言いそうです」
カインの性格と屋敷が繋がらないと首をひねるラース。
ノエルはこの屋敷に住み始めてそれなりに時間は過ぎたのだが何も考えていなかったのか首をかしげた。
「俺達に手伝わせるつもりだったから、少し広めの屋敷を作ったんだろ」
「確かにあの男の場合、それも考えられるな。小僧の性格を考えれば細かい事もしっかりとやりそうだから、手入れもさほど人手は取らんだろう」
「俺より、カインやミレットさんの方がしっかりしてるよ」
どうでも良いと言いたいのかジークは玄関に向かって歩き出し、ノエルとラースは彼の後を追いかけ、3人は屋敷の中に入って行く。
「もういや!!」
「……遅かったか?」
「ジークさん、急ぎましょう」
フィーナが勉強しているであろう居間のドアのノブにジークが手をかけた時、中からフィーナの声が響き、ジークは眉間にしわを寄せた。
ノエルはジークの背後から彼を急かすように言い、ラースも同じ意見なのか大きく頷く。
「そうだな」
「……なぜ、武器を構える?」
「な、何よ!?」
ジークは中の状況に内緒するために腰のホルダから、冷気の魔導銃を引き抜くと中の気配を探る。
その様子にラースは眉間にしわを寄せるが、ジークは気にする事なく勢いよくドアを開くと迷う事なく、魔導銃の銃口をフィーナに向けて冷気の弾丸を放つ。
ドアが開いた音にフィーナの視線はジーク達に向けられるが気付いた時にはすでに冷気の弾丸は彼女の身体を撃ち抜いた。
「ジーク、あなたは何をしているん……ラース様!?」
「セス=コーラッド、久しいな。カインと仲良くやっているようだな」
凍り付くフィーナを見て、犯人を怒鳴り付けようとするセスだが、彼の後ろにラースがいる事に気が付いて驚きの声を上げる。
彼女の様子にラースはコホンと1つ咳をした後、カインとの事をティミルから聞いているのかイタズラな笑みを浮かべた。
「お久しぶりです。ラース様」
「ミレット、お主も元気そうだな」
「それで、フィーナは大丈夫か?」
遅れて、ラースとミレットが挨拶を交わすとジークはフィーナの勉強の進捗状況が気になったようで首をひねる。
「ジークさんが言って良い事なんでしょうか?」
「いや、フィーナがキレたから悪いんだけどな」
「あの、ラース様はどうして、フォルムに?」
凍りついたフィーナを見てノエルはため息を吐くがジークは自分の責任ではないときっぱりと言い切った。
その隣でセスはなぜ、フォルムにラースが来たのか気になったようで遠慮がちに聞く。
「うむ。街道整備の事で少し、お主とカインに相談したい事があってな。後は2人に少し言いたい事があってな」
「言いたい事?」
ラースは簡単にフォルムに来た理由を話すが彼の言葉は明らかに不足しており、カルディナが憧れ、恋心を抱いていたカインと両想いになってしまった自分に圧力をかけに来たと思ったようでセスの顔は引きつって行く。
「……セスさん、きっとカルディナ様の事じゃないと思いますよ」
「そんな事はせん。本人が何も言わんのだ。ワシに言う資格はない」
「そ、そうですか。それでは私とカインに言いたい事と言うのはなんでしょうか?」
その様子にミレットは心配ないと笑う。
ラースはセスがそこまで警戒する意味がわからずにため息を吐くとカルディナの問題だと言う。
その言葉で胸をなで下ろしたセスはラースの言いたい事の内容が気になるようである。
「セスさん、根本的に間違ってる。おっさんが言いたい事があるのはセスさんとミレットさん」
「私とセスさんにですか?」
ジークは凍りついたフィーナを取りあえず、ソファーに移動させるとセスに勘違いしていると言う。
ミレットはラースに何かを言われる心あたりはなく首をひねった。
「うむ。ジークとノエルから状況を聞いてな。心配になってな。そう思ってフォルムまで足を運んでみれば案の定だ」
「心配に?」
「それで、少し後進の指導方法について話をせんといけないと思ったのだ」
ラースが心配している事に心当たりのないセスは首をかしげる。
彼女の様子にラースは苦笑いを浮かべるとソファーで凍りついているフィーナを指差す。
「指導方法についてですか?」
「うむ。お主達はどうやら勤勉な者にしか物を教えた事がないようなのでな」
「……いや、そんな目で見られると俺、落ちこぼれ見たいだから、おっさんが言いたいのは物を教えるなら教わる側の事を考えろって事だろ。時間はないけど、ストレスがたまって頭に入ってないだろうからな」
いまいち、理解できていないセスの様子にラースは仕方ないと思ったようで彼女達が普段、接している優秀な人間とはフィーナは違う事を告げる。
セスとミレットはジークとフィーナを比較してみたようだが、ジークにはサボり癖が少々あり、彼女達は首を傾げた。
2人の様子にジークはため息を吐くとフィーナにあった教え方をするべきではないかとラースの言葉を補足する。
「うむ。頭から押さえつけるやり方では小娘にはきついだろう」
「実際、限界がきてたわけだしな。時間がないのもわかりますけど、フィーナの意思も尊重してみたらどうかって話ですよ」
「ワシのところにも小娘のような性格の者も来ていたからな。少しでも参考になれば良いと思ってな」
ラースは自分が若い騎士達の指導を任された時の話をセスとミレットにする事でフィーナへの指導方法に有効な方法を探して欲しいと言う。
セスとミレットは時間がないため、遠慮したいようにも見えるがフィーナが凍りついている事やラースを立てなければいけないと思ったようでラースに教えを請う事にする。