第532話
カインとセスが屋敷に戻ってきた時にはミレットはノエルと一緒に夕飯の準備を始めたため、フィーナの特訓は休憩に入っている。
特訓は彼女にとっては苦痛でしかなかったようで精根尽きはてているようで着替える余裕もないのかソファーでぐったりしている。
彼女の様子にカインはクーを頭に乗せて医術の勉強に取り組んでいるジークに説明を求めた。
「そんな面白い事になってるんだ」
「面白くなんかないわよ」
ジークから簡単な説明を受けるとフィーナが疲れ果てている理由に納得できたようで苦笑いを浮かべる。
フィーナはカインの表情にバカにされてるとしか思えないようで睨みつけるがいつものようにつかみかかる気力がないようにも見える。
「レイン、フィーナはどんな感じ?」
「そうですね。どれもあまり芳しくはありませんね」
「ダンスもですか?」
ジークに聞くより、騎士としてマナーを覚えているであろうレインにフィーナの状況を確認するカイン。
レインはどう答えて良いのかわからずに苦笑いを浮かべると一緒に聞いていたセスは確認するように聞き返す。
彼女から見れば運動神経のあるフィーナにはダンスなど簡単に思えたようであり、疑問を持ったようである。
「えーとですね。ドレスが動きにくいみたいで」
「そうよ。何で、こんな物を着ないといけないのよ。動きにくいし、足を動かす順番だなんだと面倒なのよ!! だいたい、こんなことを覚えたって何の役にも立たないわ!!」
「こんなところで脱がない」
苦笑いを浮かべたまま答えるレイン。
フィーナの我慢は限界に達したようで周囲の目など気にする事なく、ドレスを脱ごうとしてカインに頭を叩かれる。
「何するのよ!!」
「少し落ち着け。良いかい。フィーナ」
「な、何よ?」
頭を押さえてカインを睨みつけるフィーナにカインはため息を吐くとコホンと1つ咳をする。
その後に表情を引き締めて彼女の名前を呼ぶといつもとは違うカインの様子にフィーナは声を裏返した。
「役に立つか立たないかと言うのは今言う事じゃないよ。何かあった時に役に立つ可能性がある。だから、人は知識を求めるんだよ」
「わけのわからない事を言って、私にこんな面倒なものを押し付けたいんでしょ? 私が恥をかいたら、あんたが迷惑だから」
カインはフィーナに何かを教えようとするが、フィーナはカインが体裁を保つために自分にマナーやルールを覚えろと言っていると思ったようで声を上げる。
「フィーナ、バカにするなよ。お前がどこかで恥をかこうが俺には関係ない。その程度の事でお前が俺の脚を引っ張れるとでも思ったか? ずいぶんな思い上がりだな」
「何ですって!!」
フィーナの言葉を鼻で笑うカイン。
彼の言葉は彼女のプライドを傷つけたようでフィーナの顔には怒りの表情が浮かぶ。
「あの、カイン、どうして、フィーナを怒らせるんですか?」
「意地を張らせた方がやる気になるからじゃないかな?」
なぜかフィーナを挑発し始めたカインの姿にセスは大きく肩を落とすが、ジークはカインの考えている事が想像できたようで首すじを指でかく。
「口先では冒険者で名を売るって言ってるわりには何も考えてないだろ。冒険者で有名になって貴族に名前を連ねる事だってできる。その時に恥をかきたいなら投げ出せば良い」
「……冒険者って、そんなに儲かるのか?」
「そうですね。まだザガードと表だって戦争をしている時には戦功をたてた冒険者の方が聖騎士を拝命して貴族に名を連ねた事もあります。他にもいろいろとあるみたいですけど」
カインはフィーナを将来の事など何も考えずに冒険者を気取っているだけだと言う。
ジークの冒険者のイメージはシルドやジルの店で酒を飲んでバカ騒ぎしているものでしかなく、眉間にしわを寄せるとレインは苦笑いを浮かべながら答える。
「ソーマだって、1通りできるからね。身分の高い依頼人がきた時には必須だし、できないと安い仕事しか受けられない」
「は? あいつが」
「……そう言えば、おっさんの屋敷に言った時、おかしな事はしてなかったな」
上位の冒険者はしっかりとしていると言うカインだが、フィーナは彼が嘘を吐いていると思っているようで怪訝そうな表情をする。
ジークは先日、ラースの屋敷に連れて行った時のソーマの様子を思い出す。
「ジーク、嘘吐いてない?」
「別に吐く理由がない」
「それにエルト様はまだ表だって、他種族との交流について言ってはないけど、それを宣言してしまえば命を狙われる機会は確実に増えるよ。公の場に出る時には確実に護衛がいる。その時には全面的に賛成のジークやフィーナは徴用されるだろうからね」
ジークにも疑いの視線を向けるフィーナ。
彼女の様子にジークはため息を吐くとカインはエルトの護衛にも必要だと補足する。
「そう言うのはレインとか騎士がやれば良いじゃない」
「そうかも知れませんけど、騎士の中には選民意識を持っている方も多いので、エルト様を廃して、他の後継者を立てようとする可能性が高いですから」
「それこそ、イオリア家ってのはその最たる家だろ。フィーナがみっともない姿を見せればエルト王子の護衛には相応しくないと騒ぎたてて、協力的な人間をエルト王子のそばにおけないのは困るな」
公の場の護衛など自分の仕事ではないとフィーナは言い切るが、エルトがやろうとしている事は多くの人間から反対される事は予想できる。
エルトを力づくで排除する人間達が出て来てもおかしくはなく、ジークとレインは難しい表情をして言う。
「ぐ……」
「睨みつけない。取りあえず、できる事からやって行こうか? ダンスの足さばきは使い方によっては体捌きにも役に立つからね。夕飯までは俺が見るよ」
「何するのよ!!」
フィーナにもエルトが排除されると都合が悪い事は理解できるようで何も言えずに唇をかむ。
カインはフィーナが理解してくれた事を嬉しく思ったようで彼女の頭を撫でるが、フィーナはバカにされていると思ったようで顔を真っ赤にして声をあげた。
「……あれは照れているんですか?」
「どうかな? フィーナの事だから、小バカにされてるとしか思ってないかも」
カインとフィーナの様子にセスは苦笑いを浮かべるとジークは取りあえず、まとまったと思ったようで頭の上のクーを膝の上に下ろし、クーの鼻先を指でくすぐる。