第527話
「……おい」
「さっさとしろよ」
フィーナを浴場に運んだ後、ジークをラースと面会させるためにワームを訪れる。
ワームに到着するとソーマは目の前に移るオズフィム家の屋敷に眉間にしわを寄せるが、ジークと彼に同行したノエルとクーは玄関に向かって歩き出す。
「……お前、有名どころの冒険者達より、人間関係広いんじゃないのか?」
「そんな事はないと思うけどな。だいたい、カインにこき使われた結果だしな」
応接室に通されてラースを待つ中、ソーマはジークの顔を見てため息を吐いた。
ジークは元々はカインがエルトを連れてきた事から始まったためか、ため息を吐くと膝の上に座っているクーの鼻すじを指でかく。
「クーちゃん」
「カルディナ様? あ、危ないですよ!?」
その時、勢いよく応接室のドアが開き、カルディナが飛び込んでくるとクーを見つけ、クー以外目に入っていないのか真っ直ぐにジークに向かい突進してくる。
ノエルは彼女の登場に一瞬、呆けるが慌ててカルディナの行動を制止しようと声をかけた。
しかし、その程度の事で彼女が止まるわけもない。
「……少し落ち着け」
「何をするのですか?」
飛び込んできたカルディナをジークは席を移動する事でよけると彼女は顔からソファーに突っ込む。
ジークはその様子にため息を吐くとカルディナはソファーに突っ込み、鼻をぶつけたようで鼻先をさすりながら、ジークを睨みつける。
「変にケガされると俺は悪くないのにおっさんに睨まれるんだよ」
「……お礼など言いませんわ」
「別に期待何かしてない。それに素直に礼を言われると気持ち悪い」
ジークは自分にかみついてきそうなカルディナの膝の上にクーを乗せると常備している薬から塗り薬を取り出し、カルディナの鼻先に塗り込む。
カルディナは恥ずかしくなったのか、クーを抱きしめてそっぽを向くと彼女の様子にジークは苦笑いを浮かべる。
「ジーク、嫁が不機嫌そうな表情をしてるぞ」
「そんな事はありません!?」
2人の様子とノエルを交互に見て、ソーマはノエルをからかうように笑う。
ノエルは顔を真っ赤にして否定するが、その様子からどこか怒っているようにも見え、ジークは困ったように頭をかいた。
「それで、何でカルディナ様がワームにいるんだ? おっさんの顔なんて見たくもないだろ?」
「確かにあんな暑苦しい中年の顔など見たくもありませんわ」
「……流石に言いすぎだろ」
ジークは話題を逸らそうとカルディナに話を振ると、カルディナはラースの顔など見たくないと心の底から思っているのか舌打ちまでする始末である。
彼女の言い方にジークはラースがかわいそうに思ったようでため息を吐く。
「で、この娘は?」
「……ジーク、ノエル、この男はどこの馬の骨ですか?」
ソーマは応接室に乱入してきたカルディナの事が気になり、ジークとノエルに聞く。
そこでカルディナは初めてソーマが同席している事に気が付いたようで彼を警戒しているのか敵意のこもった視線を向けている。
「最近はただの人見知りなんじゃないかと思ってるんだけど、ノエル、どう思う?」
「そ、そうかも知れませんね」
「何を言っているんですか!! 私をバカにするのもいい加減にしなさい!!」
カルディナと知り合い、しばらく経った事もあり、ジークなりにカルディナの観察も終えたようで彼女を指差し、人見知りではないかとノエルに同意を求める。
ノエルもジークと同じ事を考えていたようで苦笑いを浮かべた。
2人の意見はカルディナに取っては我慢のならないものだったようで、彼女は頬を膨らませる。
「とりあえず、落ち着け。ソーマ、こっちはカルディナ=オズフィム様、一応はオズフィム家の1人娘、それで、カルディナ様、こっちはソーマ=ゼリグリム。住所不定無職」
「住所不定無職? 底辺ですか」
「……ジーク、もう少し説明の仕方を選んでくれ。ソーマ=ゼリグリム。冒険者だ」
ジークはカルディナとソーマにお互いを紹介するが、ジークのソーマの紹介はかなり投げやりであり、カルディナはソーマを見下すように言う。
ソーマはため息を吐いた後、改めて、カルディナに自己紹介をする。
「冒険者? 冒険者風情がなんのようですか?」
「……結局、評価は変わらないわけか。まぁ、良いか」
「あ、あの、ソーマさん、良いんですか?」
カルディナは冒険者と聞くとソーマを品定めをするような視線を向けるが評価は変わらず、ソーマは何か言うのも面倒になったのか苦笑いを浮かべた。
ノエルはもっとしっかり言った方が良いと思ったようで苦笑いを浮かべる。
「それで、話は戻るけどカルディナ様は何でワームにいるんだ?」
「私では当主代理として力不足の場がありますので、お母様を迎えにきただけですわ。勘違いしないでください。別に私の実力が至らないと言うわけではありませんわ。正式な場ですので私では相手の方に失礼だからですわ」
「……別に疑ってない」
ティミルでなければいけない仕事があると言うカルディナだが、自分の実力不足だと思われたくないようでいろいろと付け足す。
ジーク自身はカインやセス、ライオからカルディナの優秀さは聞いているため、取りつくろう必要などないとため息を吐く。
「性格の悪いあなたの事ですから、何を言われるかわかりませんから」
「何も言わない。少なくとも俺のできない事をカルディナ様はできるんだろ。上げ足を取るほど俺はヒマじゃないし、カインやセスさんがカルディナ様を信じるって言ってるんだ。俺も信用してる」
「効率重視、分業は世界を渡り歩くための知恵って奴だな」
カルディナはジークへと疑いの視線を向けている。
ジークも学習しているようで彼女と争う事は無意味だと判断しており、彼女が敵意を出しにくいカインとセスの名前を出す。
ソーマはジークの様子に苦笑いを浮かべつつも、ジークの考えを支持する。
「今回は乗せられて起きますわ」
「クー」
「そうしてくれ」
カルディナはここでかみ付くのも良くない事は理解でき、1度、頬を膨らませるとジークから視線を逸らし、腕の中のクーの鼻先をくすぐる。
クーは気持ちよさそうに声を上げ、カルディナとクーの様子にジークは苦笑いを浮かべた。