第520話
「何だ? この空気」
「ケットウカ?」
フィーナが剣を抜いた事で彼女とジークの間には緊張感が漂い始める。
その様子に意味がわからないソーマはため息を吐くが、ゼイはジークとフィーナが戦う姿を興奮したように言う。
しかし、状況は全く理解している様子はない。
「……ジーク、あんたは何がしたいのよ?」
「俺より、フィーナの方が頑丈だからな。当然の選択だろ?」
フィーナの怒りは溜まっており、ジークを睨みつけるが下手に攻撃に転じれば、彼の魔導銃の餌食になる事は理解しているようでうかつに攻めかかるような事はしない。
ジークは背後にノエル達を背負って戦うわけにもいかないため、魔導銃の銃口をフィーナに向けたまま、移動して行く。
「頑丈だからじゃないわよ!! 私は女の子なんだから、あんたがアーカスさんのわけのわからない実験に付き合いなさいよ」
「いや、フィーナご指名だし、もしかしたら役に立つものかも知れないだろ?」
「あいつ、中遠距離の武器なのになんで突っ込むんだよ」
ジークの言葉に納得がいかないフィーナは自分が女の子だと言う事を主張するが、ジークは聞く耳持つ気などさらさらなく、フィーナに向かい突っ込んで行く。
ソーマはジークの武器の魔導銃の攻撃範囲を知っており、ジークの無謀とも思える突進に眉間にしわを寄せた。
「ソーマさんはジークの戦い方を知っているんですか?」
「そりゃな。あいつがガキの頃から見てきたし」
「確かにそうかも知れないけど、子供の成長って言うのは案外早いもんだよ」
フィーナに軍配が上がると判断したソーマに対し、彼の背後から別の意見が出される。
ソーマが慌てて振り返ると笑顔のカインと眉間にしわを寄せたセスが立っており、カインはソーマの隣に並ぶとしっかりと見ておいた方が良いとジークを指差した。
「カイン? いくら、何でも近距離はフィーナの方が上だろ。あの1撃を受け止めるだけの力はジークにはない」
「確かにフィーナはバカ力だからね。だけど、ジークは目が良いよ。きっと、ソーマの予想通りにはいかないよ」
「カインさん、観戦してないで2人を止めてください!!」
ソーマはカインがフォルムの領主になっている事は知らないため、驚いたもののすぐに表情を引き締めると冷静にフィーナに分があると言う。
彼女の1撃の重さはカインも理解しているようだが、彼はジークの回避能力の方を買っているようで指で目を押さえる。
カインの登場にノエルは2人を止める事ができると思ったようで彼の腕を引っ張るがカインは止める気もないようで視線を2人に移す。
「アーカスさん、お久しぶりです。それでノエル、ジークとフィーナは何をしているんですか?」
「あ、あのですね!? セ、セスさん、放してください!?」
ジークとフィーナの小競り合いはたまにあるため、セスは頭が痛いと言いたいのか頭を押さえた後、アーカスに向かい頭を下げる。
アーカスは1度、彼女に視線を向けるものの、挨拶を返すわけでもなく、セスはそんな彼の姿に1つため息を吐くとノエルに現状を教えて欲しいと言う。
ノエルはセスからカインを説得して貰おうと涙目で彼女に詰め寄るとセスの狩猟本能に火を点けてしまったようで彼女の逃げ道はなくなってしまう。
「おかしな空気になりましたね」
「ミレットさん、助けてください!?」
「私はお茶の準備をしてきますから、ケガしないようにお願いしますね」
ジークとフィーナ、ノエルとセスと言う2つの戦いの様子にミレットはため息を吐くと屋敷の中に戻って行き、ノエルの声は虚しく響くだけである。
「……なんだ? あの娘」
「セス=コーラッドさん、今、人手が足りなくてフォルムの領地運営を手伝って貰ってるんだよね」
「領地運営? 領主みたいな事を言って、なんの冗談だ?」
顔の筋肉を緩ませ、ノエルに抱きつくセスの様子にソーマは引いているのか顔を引きつらせた。
カインは苦笑いを浮かべてセスの事を説明するが、ソーマはカインが領主になった事など知らないようでくだらない事を言うなとため息を吐く。
「俺、ここの領主になったんだよ。人手が足りないから、ジーク達にもこっちに出張して貰ってるんだ。才能だけで上ってきちゃったから、有能な手ゴマが少なくてね」
「……本当かよ」
「これが本当なんだよね。それより、見てなくて良いの?」
カインは自分がフォルムの領主になった事を告げるが、経緯を知らない人間には信じられない事であり、ソーマは眉間にしわを寄せた。
カインはソーマの様子に苦笑いを浮かべるともう1度、ジークとフィーナを指差す。
「……ちょこまかと」
「目的が変わってきてるな。良い感じだ」
フィーナの剣はジークを捕える事ができず、彼女の頭には血が上って言っており、顔は真っ赤になっている。
ジークは血が上り、冷静な判断ができなくなっているフィーナを見て小さく口元を緩ませた。
「あの顔は何か企んでるな」
「流石にわかるね。フィーナも良い感じに頭に血が上ってるし」
「フィーナも相変わらずだな。もう少し冷静にならないと冒険者としてやってけないだろ。まったく、ジークが成長している分、成長していない方が目立ってダメだな」
ソーマはジークがフィーナの剣を交わし続けている様子に表情を引き締める。
その目はすでに冷静に状況を判断しようとするものに変わっており、ジークの表情の変化にも気づき始める。
カインはソーマの実力は認めているようで冷静なジークとは違い、剣を振りまわすだけのフィーナを見てため息を吐いた。
彼女の単調な攻撃にフィーナの成長があまり見られないと判断したソーマは頭をかく。
「……」
「これで終わりよ!!」
その時、フィーナの攻撃を交わしたジークの足が滑り、ジークは地面に片膝を付く。
それを好機と判断したフィーナはジークの頭に向かって迷う事なく剣を振り下ろす。
「罠だな」
「当然。と言うかあそこまであからさまのものにだまされるのは情けないね」
フィーナは勝利を確信したようだが足を滑らせたのはジークの罠だと気が付いたカインとソーマは大きく肩を落とす。




