第514話
「小僧、待っていたぞ」
「……暑苦しい」
「ラース様、落ち着いてください」
王都へ行った翌日、ルッケルとワームの連絡係の件でワームにあるオズフィム家を訪れた。
2人が応接室に通されると直ぐにラースが駆け込んでくる。
その姿からラースがカルディナの事が心配でならない事は目に見え、ジークは大きく肩を落とし、ノエルは隣で苦笑いを浮かべている。
「う、うむ。すまんな」
「おっさん、まずはこれからな」
「もう少し、落ち着いてはいかがですか?」
ラースは1つ咳をすると2人の前に腰を下ろす。
ジークは預かってきたアズからの報告書をラースの前に置いた。
ラースは報告書を預かるが、カルディナの事が聞きたいようでそわそわとしている。
その様子にジークとノエルが顔を合わせて苦笑いを浮かべた時、応接室のドアが開き、人数分の紅茶を持ったティミルが応接室に顔を出す。
「ジークくん、ノエルさん、この人が迷惑をかけてごめんなさいね」
「いえ、わたしは構いませんけど……」
「別に気にしないです」
ティミルは紅茶をテーブルに並べながら、ジークとノエルに謝る。
ノエルは気にしてないと首を振るが、両親と言う物を知らないジークが気分を害さないか心配のようでジークへと視線を移した。
ノエルの視線はジークと交差し、彼女は慌てて視線を逸らす。
その様子にジークはノエルに迷惑をかけたくないという気持ちがあるのか、ティミルに向かい苦笑いを浮かべると自分が見た限り、カルディナは当主代行をしっかりとこなしていたと説明する。
「う、うむ。そうか」
「まぁ、まだ1日だけですからね。転移魔法でワームに飛べるようになったら、直ぐに泣きついてこなければ良いですけど」
「て、手厳しいですね」
安心したのか胸をなで下ろすラースだがティミルは現実的であり、彼女の言葉にノエルは苦笑いを浮かべた。
「カルディナ様はきっと、しばらくはワームに来ないんじゃないか? おっさんに会いたくないから」
「こ、小僧、なぜ、そのような事を言うのだ?」
「いや、凄く鬱陶しいし」
ティミルは2、3日のつもりと言っていたが、カルディナの性格を考えるとワームに来ないと言う。
その言葉にラースはジークの胸倉をつかみ、問い詰めるがジークは目の前のラースの顔を見て大きく肩を落とした。
「それくらい、成長してくれていると嬉しいんですけどね」
「今のところ、問題はなさそうですよ。ただ、なれない事をやってるせいか、イラついてはいますけどね。まぁ、政治的な事はまったくわからない素人の意見ですけどね」
ジークの意見はティミルにとっては娘の成長が目に見えて嬉しい事のようであり、笑顔を見せる。
ジークはラースの手を払うと服を直しながら、心配ないのではないかと答えるも自分には政治的な立場はないため、苦笑いを浮かべた。
「ジークくんはそれで良いんですよ。何も偏見のない目で自分が何をしたら良いか。素直に心に従ってください」
「は、はぁ……」
「どうかしましたか?」
ティミルが以前、カインが言ったような事を言うため、ジークは意味がわからないようで頭をかく。
ティミルはジークの表情を見ながらくすくすと笑うが、ジークはなぜ、笑われているのかわからないようで首をひねった。
「おっさん、そろそろ、俺達はアズさんのところに戻るから、報告書、貰えないか?」
「そうだな」
「ラース様、待ってください」
用件も終わり、このまま残っているとティミルにからかわれそうな気がしたジークはワーム側の報告書を受け取ろうとする。
ラースは頷くと報告書を取りに席を立とうとするが、ノエルは何かを思い出したようでラースを引き止める。
「どうかしたのか?」
「あ、あの、ラース様はガートランド商会って、知っていますか?」
「なぜ、小娘がその名を知っている?」
ノエルは遠慮がちにガートランド商会の事を聞く。
彼女の口から出たガートランド商会の名にラースはまったく予想していなかったのか、表情を険しくし、ノエルに問いかける。
ラースの問いには威圧感があり、ノエルは身体を縮ませるとジークに助けを求めるような視線を向けた。
「おっさん、威圧しすぎだ。それじゃあ、ノエルは話せない」
「う、うむ。そうか。それで小……どうかしたか?」
ノエルからの救援要請にジークは頭をかきながら、ラースに注意をする。
ラースはノエルの姿に冷静になったようで1つ咳をし、ノエルに改めて尋ねようとするがティミルが自分を見ている事に気が付いた。
「小僧や小娘ではなく、名前で呼んであげてください。失礼ですよ」
「う、うむ……ノエル、ジーク、なぜ、その名を知っているんだ?」
「……なんか気持ち悪いな」
ティミルは笑顔でラースに呼び方を気を付けるように言う。
彼女に言われ、ラースは改めないといけないと思ったのかもう1度、咳をするとジークとノエルを名前で呼ぶ。
しかし、呼ばれ慣れていないジークは気持ち悪いと言いたいのか表情をしかめる。
「ジ、ジークさん、どうして、そう言う事を言うんですか!?」
「どうしてと言われてもそのままだ。それにこんな風に呼ばれたら、俺だって、おっさんをラース様かオズフィム様と呼ばないといけないだろ。何か、気持ち悪い」
「……小僧」
ジークの暴言に顔を真っ青にするノエルだが、ジークは抵抗があるようで表情は険しいまま言う。
彼の態度にラースの表情は険しくなっており、ノエルはラースの雷が落ちると思ったようで身体をびくつかせている。
「確かにその通りだ。ワシも小僧に様付けで呼ばれるのは気持ち悪い」
「だろ。たぶん、フィーナも同じ事を言うと思うから、そのままで」
「そうだな。小娘が2人では後々、面倒だから、ノエルを名前で呼び、小娘は小娘のままで良いだろ」
ノエルの心配とは裏腹にラースは豪快に笑うとジークの意見に頷く。
ラースと意見が一致したジークは楽しそうに笑い、フィーナもそのままで良いと話をまとめてしまう。
「まったく、仕方ありませんね」
「何か、納得がいきません」
ティミルは2人の様子にため息を吐くものの、その表情は柔らかい。
ノエルは1人で心配していたのが納得できないようで肩を落としてつぶやく。