第507話
「……これはどう言う事なんだろうな?」
「そ、そうですね」
兵士達に先導され、ジークとノエルはなぜかオズフィムの屋敷に招待される。
2人はカルディナとともに応接室に通されるが居心地が悪いようでそわそわと部屋の中を見回す。
「何をしているのですか? 王城の中にはなれているのにおかしな事をしないでください」
「そんな事を言われてもな……なんか、面倒なことになりそうでイヤなんだよ」
カルディナは自分の意志で2人を招き入れたわけではないため、眉間にしわを寄せながら2人に落ち着くように言う。
彼女から見れば王城に呼ばれ、エルトやライオと言った王族の前で平然と話す2人が臆する意味がわからないようにも見える。
ジークは彼女の言葉に何度か話を聞いた事があるラースと同様に思い込みが激しいであろうカルディナの母親である『ティミル』との面会に彼の意味のない危険察知能力が働いているようで眉間にしわを寄せた。
「何ですか?」
「いや、カルディナ様の母親ってティミル様って言ったか? どんな人なんだ?」
「どんな人と言われましても……」
彼の様子が気になったカルディナは首をひねる。
ジークは苦笑いを浮かべると彼女にティミルの事について聞く。
カルディナはジークの質問の意味がわからないようで考えるようなしぐさをし、応接室のドアへと視線を移した。
「お待たせしました。何をしているのですか? 入って来なさい」
「……取りあえず、何となく理解ができた」
その時、1人の女性が応接室に入ってくる。
女性の顔はカルディナとよく似ており、彼女がカルディナの母親であり、ラースの妻である『ティミル=オズフィム』だと言う事がわかる。
ティミルはジークとノエルの顔を見て柔らかい笑みを浮かべると応接室の外にいる者達に指示を出した。
彼女の指示にティミルに遅れて次々と執事とメイドが応接室内に荷物を運んでくる。
ジークは応接室内に積み重ねられて行く荷物にティミルが次に何を言うのか理解できたようで大きく肩を落とす。
「お母様、これはどう言う事でしょうか?」
「え? せっかく、カルディナが転移魔法を使えるようになったのですからあの人の元に2、3日、行ってこようと思ったんですけど」
「やっぱりか」
カルディナの頭は状況を理解するのを拒否しているようだが聞かないわけにもいかず、ティミルに聞く。
娘の質問の意味がわからないのか、首を傾げるティミルだが、ジークは荷物を見た時から予想が点いていたためか苦笑いを浮かべるだけである。
「わ、私はフォルムと王都しか飛べませんわ」
「知ってます。ですから、こちらのジークの持つ転移の魔導機器を使って、カルディナにワームも移動場所に登録して貰おうと思っただけです。ジークくんはワームに飛べるんですよね?」
「あの、それは?」
ラースと絶対に会いたくないカルディナは何とか誤魔化そうとするが、ティミルは転移魔法について知識があるようでジークに向かいにっこりとほほ笑んだ。
彼女の手には束になった手紙があり、ノエルは首をかしげて聞き返す。
「あの人からの恋文です。ジークくんやノエルさん、フィーナさんの事も書いてあります。ですから、初めてお会いした気がしませんわ」
「……あの、おっさん、顔に似合わない事してるな」
「まったくですわ。気持ち悪いですわ」
手紙はラースからの近況報告のようでそのなかには変わらないティミルへの想いが書かれているようで彼女は頬を染めるが、直ぐに恥ずかしくなったようで取り繕うようにジークとノエルの顔を見つめる。
ティミルの様子から、ある程度の内容を理解したジークは眉間にしわを寄せ、カルディナはラースへの反発心からか舌打ちをする。
「それで手紙だけでなく、あの人の顔を見たくなってしまったのでせっかくの機会ですし、頼めませんか?」
「……頼み事と言うか? すでに断らない事が前提ですよね?」
「はい。ジークくんは断りませんから」
ジークは自分が断る事を考えていないティミルの様子に遠慮がちに手を上げて言う。
しかし、ティミルはジークが断るわけがないと思っているようでにっこりと笑うだけである。
彼女の笑顔に毒気が抜かれたのか頭をかいており、ノエルは初めて会ったにも関わらず、ジークの性格を知っているティミルを見て苦笑いを浮かべた。
「ジークさん」
「あぁ、おっさんには最近、世話になってるし、それくらいなら良いですけど、面倒なことになるのは勘弁してくださいよ。後、荷物はそんなに持てません。積載容量は限られてます」
「そうなんですか? それなら、何を残して行きましょうか?」
ノエルは後押しするようにジークの名前を呼ぶ。
それでジークは完全に諦めたようでため息を吐くと多すぎる荷物を指差す。
ティミルは荷物を厳選しようと思ったようですでに山のように積み重ねられている荷物を見て首をひねり始める。
「わ、私は部屋に戻りますから、お母様の事を頼みますわ」
「……いや、逃げるなよ」
「は、放しなさい!? ジーク=フィリス、私の命令が聞けないのですか!! あなたは庶民なのですよ。私の命令は絶対です!!」
完全にラースに会いに行く空気にカルディナは逃げるように応接室を出て行こうとする。
そんな彼女の様子に気が付いたジークは手を伸ばしてカルディナの首根っこをつかむ。
カルディナは絶対にワームに行きたくないようで身体を大きく動かし、ジークの腕から逃げ出そうとする。
「ティミル様はカルディナ様にワームを転移先にして欲しいんだろ? 居ないとダメだろ」
「イヤですわ。ジークやノエルは私とあの暑苦しい筋肉バカを一緒にするつもりですか?」
ジークはティミルの思いに答えるのにはカルディナがいなければいけないと言う。
カルディナは余程、ラースに会いたくないのか冷静な判断はできなくなっており、ジークを睨みつけ、彼を威嚇する。
「いや、転移場所に登録したら、王都に戻ってきたら良いだろ」
「……確かにそうですね」
「それはそうかも知れませんが……」
ジークは冷静であり、ため息交じりで言うとノエルは苦笑いを浮かべて頷く。
しかし、カルディナはそれでもワームに行きたくないようで眉間にしわを寄せている。
「決まりました。これとこれを置いて行きましょう」
「……すいません。それとそれしか持って行けません」
その時、荷物を選び終えたティミルの声が聞こえるが、大荷物の中で2つのカバンを避けただけであり、ジークはそんな彼女の様子に大きく肩を落とす。