第502話
「クー」
「食いたかったら、カルディナ様から貰え」
「……」
クーはジークにお茶菓子を求めるように鳴く。
しかし、ジークはその願いを却下するとカルディナの手のひらを指差す。
カルディナへと視線を向けると、彼女の抱きつき攻撃を警戒しているのかクーはゆっくりとテーブルの上を歩く。
「カルディナ、我慢」
「わ、わかっています」
「本当にわかってるのかな?」
近づいてくるクーの姿にカルディナは妙にそわそわし始め、ライオは彼女の様子に大きく肩を落とした。
カルディナは直ぐにでもクーに抱きつきたい衝動に駆られているようだが、何とか抑えつけようと頷く。
「ここで飛びついたら、もう修復不可能だからな」
「……」
「クー、あんたには何があるのよ?」
カルディナを何とか押し留めようとジークは声をかけると、それだけは絶対に避けたい彼女は空いている方の手で自分の頬を叩く。
フィーナはここまでカルディナを虜にするクーの魅力がわからないようで大きく肩を落とすとクーはその声に反応して首を傾げる。
「クーちゃん」
「……」
カルディナは不安そうな声で、クーの名を再度呼ぶ。
彼女の必死さにクーはかわいそうになってきたのか、少しずつ距離を縮める。
1歩、1歩、クーが近づくたびにカルディナの身体は小さく震え、必死に抱きつきたい衝動を抑え込む。
カルディナのすぐそばまできたクーは警戒を解くまでには至っていないようでじっと彼女の顔を見つめた。
しばらく沈黙が続き、カルディナが息を飲んだ時、クーは彼女の手のひらのお茶菓子を頬張る。
その様子にカルディナの表情は喜色に満ち、同時に彼女の意思とは関係なく、身体がクーに飛びつこうとする。
「そこで飛びつくとおっさんと変わらないわよ」
「……今の言葉はどう言う事ですか?」
フィーナの目にはカルディナと彼女の実父であるラースが重なったようで大きなため息を吐く。
その一言で先ほどまでクーに骨抜きにされていたはずのカルディナの視線は鋭く変わった。
1度、食事に移ったクーは夢中になっており彼女の変化に気づく事無く、お茶菓子を頬張っている。
「……変な空気になったな」
「そうだね。だけど、クーは大物なのかわからないね」
「ジ、ジークさんもライオ様も落ち着いてないでどうにかしてください!?」
彼女の変化にジークとライオはため息を吐くが、いつぶつかり合うかわからない2人の様子にノエルは慌てて仲裁に入るように言う。
「どうにかも何もここでカルディナ様がクーに飛びついたら、それこそ、おっさんと変わらないだろ?」
「そうだね。ラースなら、直ぐにフィーナさんに飛びつくだろうけどね」
「と、当然ですわ。私はあんな脳味噌まで筋肉のバカとは違いますわ」
ジークは仲裁に入る事無く、カルディナの自尊心に訴えかけ、ライオも直ぐにジークの考えを理解したようで彼のフォローに移る。
2人の言葉に何とか怒りを抑えつけたようだがカルディナの声は裏返っており、相当無理しているのが目に見える。
「つまらないわね」
「フィーナさん、余計な事を言わないでください」
「わかったわよ」
我慢をし切った彼女の様子にため息を吐くフィーナ。
ノエルはこれ以上のおかしな騒ぎは止めて欲しいようでフィーナの服を引っ張る。
彼女に言われてフィーナはとりあえず、頷くと紅茶をすすった。
「まぁ、1度、変な空気になったけど、カルディナ様も少しは落ち着くだろ」
「……あれと一緒にされるのだけは絶対にイヤですわ」
「ジーク、せっかくだから、ラースとカルディナの仲もどうにかしてよ」
ラースと比較されるのだけは我慢ならないカルディナは忌々しそうに言う。
一先ず、カルディナとクーが落ち着いた事もあり、ライオは今度は親子関係をどうにかしろとジークに押し付ける。
「無理だろ……」
「だろうね。それなら、ノエルさんに任せれば良いのかな?」
「わ、わたしですか?」
無茶ぶりにため息を吐くジーク。
彼の答えの中には両親と言う物を知らずに生きてきた彼なりの諦めがあるが、ライオは気が付いていないのか苦笑いを浮かべるだけである。
急に話を振られて慌てるノエルは落ち着きなく、ラースをフォローしようとするがいきなりで言葉は直ぐに出てこないのかオロオロしている。
「ノエル、フォローできないなら慌てるな」
「フォ、フォローできないわけじゃないです!? いきなり何で考えがまとまらなかっただけです!!」
「全力で言われると逆にラースに良いところが無いように思えるから不思議だね」
彼女の慌てように苦笑いを浮かべるジークにノエルはさらに追い込まれているようで全力で言う。
その様子を見れば見るほどラースに良いところがないように見え、ライオはため息を吐いた。
「まぁ、おっさんとカルディナ様が和解できるかは俺だとどうしようもできない問題だから、カルディナ様に任せる。おっさんと違うなら冷静に対処できるだろ」
「そうして貰わないと困るわね。なんだかんだ言いながらも私達、おっさんに世話になってるし、転移魔法が使えるようになったって事は関わる機会もあるでしょ」
「……ワームになど絶対に行きませんわ」
ジークはカルディナに大人になるように言うとお茶菓子に手を伸ばす。
彼の言葉にフィーナは頷くと転移魔法の使い手が少ないため、カルディナの利用度は高くなると言う。
カルディナは絶対にラースと会いたくないようでその眉間にはくっきりとしたしわが寄っている。
「クー?」
「な、何でもありませんわ!? クーちゃんは気にしなくて良いのです。それより、まだ食べますわよね」
お茶菓子を食べ終えたクーは小さくげっぷをした後、ようやく、カルディナの様子に気づいて首を傾げる。
少しだけ、近付いたクーとの距離にカルディナは機嫌を損ねてはいけないと思ったようで慌てて笑顔を見せるがその表情はどこか固い。
それをクーに知られないためにカルディナはお茶菓子を手に取ると小さく割り、クーの前に出す。
クーはこれがおやつだと言う事は理解しているようで夕飯の時間を考えているのか首をひねり始める。
「何か、和むわね」
「まぁ、とりあえずは良いんじゃないか? カルディナ様、あんまり食わせると夕飯食えなくなるから考えてくれよ」
「わかってますわ」
食い意地の張ったクーの様子に気が抜けたのかため息を吐くフィーナ。
ジークは苦笑いを浮かべると調合鍋の様子を見るために立ちあがった。