第497話
「セス、止めないで口で言っても聞かない人間はぶちのめして地面に這いつくばらした上で四肢を砕くって決めてるんだ」
「待ちなさい。確実にやり過ぎですわ!? ジーク、手伝いなさい。魔導銃でカインを止めなさい」
「セスさん、心配しなくても良い。カインが殺らなくても、フィーナが殺るから」
カインはセスへと笑顔で言うが、その言葉は物騒を通り越しており、セスは顔を真っ赤にしてカインを止めようとジークに援護を求める。
ジークは調合室に乱入してきた男性がどうなろうと知った事ではないようで調合鍋の中身をかき混ぜながら言う。
「そんな事は言っていませんわ!?」
「……」
「フィ、フィーナさん、落ち着いてください!!」
声を上げるセスの事を気にする事無く、フィーナの手を取った男性はフィーナへと歯の浮くような言葉を並べている。
しかし、そのような言葉はフィーナには不快感しかなく、彼女のこめかみにはくっきりとした青筋が浮かび上がった。
ノエルはフィーナの様子から彼女の次の行動に予想が付いたようで声を上げる。
「フィーナさん、私と……ごふっ!?」
「良いのが決まったね」
「だ、大丈夫ですか!? ジ、ジークさん」
ノエルの言葉でフィーナが止まるわけがなく、彼女は握られている手を引き抜くと男性のあごを打ち抜き、男性は膝から崩れ落ちて行く。
フィーナの攻撃はそれだけでは収まらず、躊躇する事無く、位置の下がった男性の頭を蹴り飛ばして完全に男性の意識を刈り取った。
その様子にライオは楽しそうに笑うがノエルはどうして良いのかわからずにオロオロとし、ジークに助けを求める。
「フィーナ、よくやった」
「……これ、何よ?」
「フィーナさん、何をする気ですか!?」
カインは珍しくフィーナを誉めるが、フィーナは怒りが治まっていないのか倒れ込んだ男性の右手に足を乗せた。
ノエルはフィーナの次の行動にイヤな予感がしたようで声を上げる。
「決まってるでしょ。両手足を砕くわ」
「何で、そんな事を言うんですか!? 明らかにやり過ぎです!!」
「そうです。フィーナと言い、カインと言い、何を言っているんですか!?」
フィーナは迷う事無く、男性を二度と立ち直れないようにすると言い切り、ノエルとセスは彼女に思いとどまるように声をかけた。
「何でって、クローク家の教えよ」
「……落ち着け」
「きっと、このタイミングでジークが止めに入るのがお決まりなんだね」
フィーナは両親の教えだと答え、カインはうんうんと頷くとフィーナに骨を砕いてしまえと視線を向ける。
フィーナは頷き、足に力を入れようとした時、タイミング良く冷気の魔導銃から青い光が放たれ、フィーナを直撃する。
フィーナを直撃した青い光は彼女を凍りつかせ、ジークとフィーナの様子にライオは少しだけつまらなさそうに笑った。
「ジーク、助かりましたわ。まったく」
「セスさん、言っておくけど、さっき、フィーナが言ってた事は本当ですよ。流石に治癒魔法が使える人間がいるとは言え、骨を砕かれると治療が面倒なんで止めただけです」
「まぁ、元々は父さんがフィーナに悪い虫が付く事を心配して叩きこんだ事だけどね」
セスはジークが止めに入ってくれた事に胸をなで下ろすとカインを睨みつける。
ジークはこれまで習った事から、骨を砕かれた時の治療の事を考えての処置だとため息を吐いた。
カインはセスからの視線にため息を吐くと自分の言葉は冗談だったと笑顔を見せる。
しかし、その目は笑っておらず、その様子から口には出さないがフィーナの事を大切に思っている事がわかる。
「性格はあれだけど、見た目は悪くないからな。何も知らない新人冒険者が言いよってきて、やり過ぎないように止めるのが俺とシルドさんの仕事だったからな。それで、カイン、セスさん、結局、こいつは誰なんだ?」
「そうだね。この礼儀知らずはどこの誰かな?」
ジークは昔の事を思い出したのか頭をかきながら、ノエル達の元に戻ると床に転がっている男性の事を聞く。
カインとセス以外は男性の正体もわからないため、ライオはジークの言葉に同意を示す。
その姿はどこか怒りの色が見える。
「あの、ジークさん、ライオ様、怒ってませんか?」
「よくわからないけど、これでも飲んで落ち着け」
「わ、わたしは落ち着いてますよ!?」
ノエルはライオの様子に何か気が付いたのか目を輝かせてジークの服を引っ張り、ジークは彼女の様子に小さくため息を吐くとノエルに彼女の紅茶を手渡す。
ノエルはジークに言われた言葉が心外だと言いたいのかカップをテーブルに置くとテーブルを手で叩き、主張する。
「一先ずはこのままでもなんだから、カイン、手伝えよ」
「はいはい」
ジークは床に倒れている男性をそのままにして置くわけにはいかないと思ったようで空いているイスに座らせようと思ったのかカインに声をかけた。
カインはその言葉にてきとうな返事をすると2人で床に転がっている男性を立ちあがらせ、イスに座らせる。
「しかし……どうして、こうやって、変な者を連れてくるんだ?」
「……いつの時代も優秀な人間と言うのは一般的な感覚とずれがあってね」
「お前が言うと何か重みがあるな」
ジークは調合室で騒ぎは勘弁だと言いたいのかため息を吐く。
カインは男性の事を紹介したくないのか遠くを見つめて投げやり気味に言う。
カインの様子にジークはこの男性がおかしな人間だと言う事は充分に理解したようで頭をかいた。
「それは何かバカにされている気がしますわ」
「それを言うとノエルさんはずれてるから良いとして、ジークもずれてるって事になるよ」
「いや、俺は優秀でもないから」
2人の会話に眉間にしわを寄せるセス。
ライオはジークをからかうように言うが難しい表情をしている。
ジークはライオの表情など気にもとめていないのか、ため息を吐く。
「あの、わたしがずれていると言うのはどう言う事でしょうか?」
「ノエルは気にしなくて良いよ。それじゃあ、気を失ってはいるけど、この男性は『ステム=ガートランド』」
「……この近隣で手広く商売をしているガートランド商会の後継者です」
ノエルはライオの自分に対する評価に遠慮がちに手を挙げるが、カインは彼女の質問を却下すると気を失っている男性を『ステム=ガートランド』と紹介し、セスがカインの紹介を補足する。




