第496話
「そんな事はないよ。カインの事だから、当たり前に見えつつも画期的な事をやっているはずだよ」
「画期的な事ね……ジーク、何かありそう?」
ライオはフォルムの街中を見て回りたいため、何とかフィーナの説得を試みる。
しかし、カインがフォルムのために行っている事に興味などないフィーナに聞いても無駄であり、フィーナはジークに説明させようと大声でジークを呼ぶ。
「そんなに大声を出さなくても聞こえてる」
「で、何かありそう?」
ジークは調合鍋を火から下ろし、ため息を吐くがフィーナはジークの様子など気にする事無く、聞き直す。
「わからない。政治だなんだってのは専門外だからな」
「これだから、学のない庶民は」
ジークも領地運営には興味はなく、首を横に振る。
カルディナはカインの元にいるにも関わらず、政治について何も学んでいないジークを小バカにするように笑う。
その様子にジークのこめかみには青筋が浮かぶが、ここでケンカを始めても仲裁に入る人間がいないため、ぐっと怒りを抑え込む。
「ジーク、頑張ってるね」
「……今は年長者だからな」
「ジークさん、紅茶です。これを飲んで落ち着いて下さい」
ジークの様子に苦笑いを浮かべるライオ。
ジークは頭に上がった血を戻そうと大きく深呼吸をするがその顔は引きつっており、彼の様子にノエルは慌てて淹れたての紅茶を差し出す。
ジークはノエルから差し出された紅茶を一口飲み、気持ちを落ち着かせようと試みている。
「ぶっ飛ばしちゃえば良いのに」
「フィーナさん、余計な事を言わないでください」
ジークの様子にフィーナは彼女もあまりカルディナに良い印象がないため、紅茶をすすりながら言う。
ノエルはフィーナに黙るように声をかけ、フィーナはわかりましたと言いたいのかため息を吐く。
「ジーク、あんた、調合が終わったなら、ライオ様の案内してきたら良いじゃない。私、面倒事はゴメンよ。ただでさえ、レインとの事で変に睨まれてるんだから、また、変な因縁をつけられるのイヤ」
「調合が1種類だと思うな。お前と違ってヒマじゃないんだ」
「レインとの事で睨まれてるってどう言う事ですか?」
フィーナはジークにライオを押し付けようとするが、ジークはまだやる事があると言い、新たな調合材料を物色し始める。
2人の会話にライオは気になる事があったようで手を上げた。
「何か知らないけど、フォルムの娘達に私とレインが付き合ってるとか言われてるのよ。そんな事、あり得ないのに因縁つけられて迷惑よ」
「フィーナさんとレインさん、一緒にお仕事する事が多いですからね。根気良く否定するしかないんじゃないでしょうか?」
「仕事で一緒にいるだけでしょ。それに、一緒にいるならゼイだっているじゃない」
相変わらず、フォルムの娘達はフィーナとレインの仲を勘ぐっており、面倒だとテーブルに突っ伏す。
ノエルは苦笑いを浮かべながらフィーナに頑張るようにと応援する。
しかし、フィーナの方もかなりむかむかしてきているようで吐き捨てるように言う。
「まぁ、ゼイはな……」
「ジークさんもおかしな事を言わないでください」
ゼイがレインと噂されないのはフォルムの住人達のほとんどが彼女をゴブリン族だと理解しているためであり、人族の好みと外れているためと決めつけている。
ジークは苦笑いを浮かべて口を滑らそうとするが、気が付いたようで慌てて口を紡ぎ、ノエルはジークをジト目で睨みつけた。
「へぇ、フィーナさんはレインと噂になって迷惑してるんだ」
「当たり前でしょ。私は今は恋愛する気なんてないし、タイプじゃないわ」
「確かにタイプとは違いますわね。普通に考えればファクト家の跡取りを選ぶと思いますけどね。2人とも男を見る目がありませんわ」
ライオは何かを考え込むようにつぶやき、フィーナはきっぱりとレインに恋愛感情などないと言い切る。
フィーナの言葉にカルディナは品定めにするかのようにジークへと視線を移し、彼女はレインを格上と言い切り、ノエルとフィーナの男の見る目のなさにため息を吐いた。
「……今、確実にバカにされてるよな?」
「そ、そんな事はありませんよ。そ、それより、カルディナ様、どうして知っているんですか?」
「バカにしてるのですか? それぐらい、初めて見た時に気が付きましたわ。あれで気付かないのがいたら、それはもうダメですわね」
ジークはカルディナの言葉に再度、こめかみに青筋が浮かび始め、ノエルはジークをなだめながらもカルディナにフィーナがジークに好意を寄せていたか知っている理由を聞く。
カルディナはノエルの質問は愚問だと言いたいのか大きく肩を落とした。
「まぁ、普通、気づくよね。ジーク」
「……俺に振るな」
ライオはジークをからかうように声をかけ、ジークは自分が何かを言う立場にいないと思っているため、居心地が悪そうに言う。
「でも、フィーナさんはフォルム領主のカインの実妹なんだから、それなりに話は上がってきてるんじゃないかな? 縁を作りたいと思う輩は多いからね」
「知らないわよ。きたって会う気もないし……ノエル、どうかした?」
ライオはカインの立場から、フィーナへの縁談などは増えると予想する。
フィーナはそんなものがきても跳ね返すと言い切るが、なぜかノエルの視線は泳いでおり、フィーナは首をかしげた。
「あ、あの。カインさんが断ってるっているそうです。あ、後……レギアス様とラース様からも連絡係のお仕事をしてる時にいくつかあるとお2人ともフィーナさんの気持ちを組んでくれているようでお断りしてくれているそうです」
「エルト王子はフィーナへの嫌がらせでいくつか縁談話を持って行こうかとか言ってたけどな。それに完全に善意のリュミナ様が同意したら、面倒な事になりそうだ」
カインと繋がりのあるレギアスやラースにもつながりを求めて人々は集まっているようであり、ノエルは言いにくそうに言う。
悪戯を企んでいる子供のような表情をしているエルトを思い出したのか、ジークは別の調合鍋を火にかけると大きく肩を落とす。
「困ります。その件は何度もお断りした筈です」
「良いではないですか。カイン殿がそれほどまでお守りになりたいのですから、さぞ、美しい方なんでしょう」
「何? あのクズ、帰ってきた?」
その時、廊下の方から珍しく慌てた感じのカインの声と聞いた事のない男性の声が聞こえてくる。
フィーナはカインをぶっ飛ばす事を思い出したようで勢いよくイスから立ち上がり、ドアへと視線を向けた。
フィーナがドアへと視線を向けると同時にドアが開き、1人の男性が調合室に乱入してくる。
「誰ですかね?」
「見た事はありませんわ」
男性にノエルは見覚えがなく、首を傾げるとカルディナは興味がないのかライオの腕に抱かれているクーへと手を伸ばし、クーの頬を指で突き、表情をだらしなく緩ませた。
「あなたが、フィーナさんですね。噂通り、美しい」
「……何、こいつ?」
「気にする必要はないよ。すぐに帰って貰うから」
「カ、カイン、待ちなさい」
調合室に入ってきた男性はフィーナの外見を知っていたのかフィーナの手を握り、彼女に微笑む。
男性の顔はキレイに整っており、美青年と言っても遜色などないが、状況の理解できないフィーナは眉間にしわを寄せて、状況を知っていそうなカインへと男性の事を尋ねる。
カインは眉間にしわを寄せると自分の制止を聞き入れなかった男性の頭へと杖を振り下ろそうとするが遅れてきたセスがカインの腕に飛びつき、彼の行動を止めた。




