第493話
「仕方ないな。それなら1人で」
「……それは許可できません」
誰も同行してくれないため、ライオは1人でフォルムを見学してくると言うと調合室を出て行こうとするが、カインがドアの前に立ち、ライオの行動を止める。
「やっぱりダメかい?」
「普通に考えて無理だろうな。王都に帰らないなら、ここでだらけてろよ。調合の合間でなら相手をしてやるから」
ライオはエルトでさえ逃げきる事ができなかったカイン相手では分が悪いと判断したようで残念そうに肩を落とす。
ジークは調合鍋の中身をかきまわしながら、大人しくしているように言う。
「そうだね。まぁ、今日は面白そうな事もあるし、我慢するよ」
「ラ、ライオ様が何と言おうともクーちゃんは渡しませんわ」
ライオはカルディナに抱かれて眠っているクーへと視線を移す。
その視線に気が付いたカルディナはクーをライオから隠すように身を縮める。
「カルディナ様、お、落ち着いてください」
「イヤですわ。私はクーちゃんに会うのを楽しみにしていたんですから」
「カルディナ様、あまり騒ぐとクーが起きますよ」
ノエルはカルディナをなだめようとするが、クーへの愛しさが勝っているカルディナのクーを抱きしめる力は強くなって行く。
その様子にカインはため息を吐き、冷静になるように言う。
「そうでしたわ」
「……力が抜けたね」
「この間から、こんな感じだ」
カルディナは1度、大きく息を吸い、肺に溜めた空気をゆっくりと吐く。
それで少し落ち着いたのかクーの寝顔を見て表情はだらしなく緩んで行き、ライオは彼女の見慣れない姿に苦笑いを浮かべた。
ジークは調合鍋に蓋をすると火加減を調節してテーブルに戻る。
「ライオ様、すいませんが私とセスは人と会う約束がありますので失礼します。ジーク、ノエル、悪いけど、ライオ様とカルディナ様の事を任せるからね」
「あぁ、仕方ないけど、任される……って、執務室はフィーナの死体が転がってるんじゃないか?」
「まだ生きてますよ。きちんと治癒魔法でキズは治しましたから、できればもう少し手加減をしてあげて欲しいものですけど」
カインはどうやら予定があるようでライオに頭を下げるとジークとノエルにこの後の事を任せる。
ジークは頷きはするものの、執務室ではフィーナが床に投げ捨てられている事を思い出す。
セスは治癒魔法はしっかりと発動しているため、フィーナの無事だと言うとカインへと冷たい視線を向けた。
「今日はこれから応接室だから問題ないよ。人と会う約束があるんだよ」
「そうなんですか? お茶を用意しなくても良いんですか?」
「それくらいはやって貰えるから、ノエルは気にしなくて良いよ。それに今回の来客より、ライオ様の方が重要な人物だしね」
カインは執務室には戻らないと言うとノエルは来客の知らせに手伝いに立候補する。
カインは首を横に振るとやんわりとジークとノエルにライオを調合室から出すなと釘を刺すとセスと一緒に調合室を出て行く。
「まったく、私だって、それくらいは理解してるよ」
「理解してる人間はフォルムまで魔法で飛んでこない」
「ジークは細かいね」
カインとセスがいなくなるとライオはバカにしないで欲しいとため息を吐くが、彼の行動は浅はかでしかないため、ジークはツッコミを入れる。
「俺が細かいんじゃない。ライオ王子が大雑把なんだ」
「そうかな? ノエルさんもジークは細かいと思うよね?」
「ジークさんは細かくはないと思いますけど、どちらかと言えば……ライオ様やエルト様の方に問題が」
ライオはジークの評価が不満だとため息を吐いてノエルに援護を求めるが、ジークと一緒にエルトとライオに振り回されてる彼女としてはライオの味方をするよりは当然、ジークの味方をする。
「まぁ、私より、大切なジークの味方をするよね。羨ましい限りだよ」
「そ、そんな事はありません!?」
「ジークとノエルだけじゃなく、兄上とリュミナ、カインとセス、シュミットにリアーナ、何か甘い空気を漂わせててやりにくいったらないよね」
ライオは味方の居ない状況にため息を吐いてノエルをからかう。
ノエルは顔を真っ赤にして否定するが、ライオは最近の甘い空気にやってられないと言いたげである。
「……待った。今、おかしな名前が出たんだけど、どう言う事だ?」
「何が?」
「シュミット様とリアーナがって、どう言う事だ?」
ジークは自分の知らない情報に眉間にしわを寄せるが、ライオは知っているものと思っているようで首をひねった。
ジークはつかみかかるようにライオに聞き返す。
「最近はリアーナはシュミットの護衛も兼ねて一緒に仕事をしている事が多くてね。怪しいと思うんだよね」
「……なんだ。ただの疑惑かよ。驚かせるなよ」
「いや、ジークも2人の様子を見てればそう思うって」
ライオは口元を緩ませながら言うがジークは根拠も何もないため、胸をなで下ろす。
ジークの様子が不満なのかライオは見ていればわかると得意げに言う。
「……今度、聞いてみましょう」
「ノエル、おかしな事を考えるなよ。だいたい、変に疑うより、ライオ王子はどうなってるんだよ。魔術学園に居れば良いとこの娘とも知りあうんじゃないのか?」
知り合いの恋愛話にノエルの乙女の好奇心は無駄に反応したようで小さな声でつぶやいた。
ジークには彼女のつぶやきが聞こえたようでおかしな事をするなと釘を刺すとライオに人の事ではなく、ライオ自身はどうなっているのかと聞く。
「ないね。私はどちらかと言えば学園では腫物扱いだからね。気分を害して研究費を削減されても思っている人間も多いから、交友関係は狭いんだよ」
「交友関係が狭い? そんな事はないだろ。俺の薬の研究にも多くの人が手伝ってくれたんだろ?」
「まぁ、手伝っては貰ったんだけどね。変に私を立てようとする人間も多くてさ。結構、気疲れもするんだよ。だから、私を友人として見てくれるジーク達がいる場所は居心地が良いんだよ」
ライオは魔術学園には属しているものの、多くの生徒達から見ればやはりライオは主君であり、交友関係は少ないとさびしげに笑う。




